気がつけば、氷の世界の八ヶ岳。風と雪と茜色の赤岳。

- GPS
- 09:55
- 距離
- 17.7km
- 登り
- 1,451m
- 下り
- 1,434m
コースタイム
- 山行
- 3:42
- 休憩
- 0:20
- 合計
- 4:02
- 山行
- 4:50
- 休憩
- 0:58
- 合計
- 5:48
| 過去天気図(気象庁) | 2025年11月の天気図 |
|---|---|
| アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
|
写真
感想
雨続きだった週末。
必ずどちらか雨になってしまった週末があまりに続いた9月と10月。なかなか遠出出来なく居る間に、すっかり季節は変わってしまい、山々には初冠雪の知らせが。あれよあれよと言う間に、山小屋も次々にシーズンを終えている。
すっかり季節を逃してしまった。
行こうと思っていた山々、少額だけど予約の取り消ししてしまうとキャンセル料が発生してしまうため、何度も電車の予約を順繰り順繰りと先送りにしていた。この2か月ですっかり作戦が狂ってしまった。
あ、八ヶ岳に行けていない。
夏場は北アルプスに南アルプスにと、後回しにしていた夏山の赤岳を、今年はまだ行くことが出来ていなかった。
雪の赤岳はまだハードルが高い。先の雪山シーズンの時、雪の硫黄岳から赤岳を眺めた。とても険しく見えた。
赤岳へは今回で3度目に。
1度目は、10月の終わり頃だった。赤岳鉱泉でテント泊をした。夜のあまりの寒さに、お風呂を借りたけど夜中ガタガタ震えて、何度も目が覚めた。
2度目は、9月の連休、赤岳頂上山荘で山小屋泊だった。ほとんど赤岳山頂に近いその場所でのご来光を楽しみにしていたのだけど、真っ白な霧に包まれて拝むことできなかった。
そして今回の3度目。なるべく高いところで朝を迎えたかった。夏の小屋閉め間近の赤岳天望荘の予約が取れた。
紅葉はまだ残っているだろうか。
どう歩こう。
美濃戸口から入り、のんびり過ごすなら、また美濃戸口へ戻ってくる。もしくは、ちょっと頑張るなら北方面へ縦走して西側へ下りるか、東側へ下りるか。
そういえば、赤岳から権現岳を繋ぐキレットのルートは歩いたことがないな。まだ途切れ途切れになっている八ヶ岳の主脈を繋いでみたい。
少し風が強そうな予報だし、ここは欲張り過ぎずに山小屋で、だらだらとのんびり山の中で過ごすのも良いな。
などと、頭の中を妄想がぐるぐると巡る。
ここは今決めずに、赤岳天望荘まで歩いている時に、天候と気分で決めよう。そう考えて、強風のんびりプラン(A)と穏やか縦走プラン(B)を用意することにした。
地図をじっくりと眺めて、久しぶりの八ヶ岳にそわそわした。
DAY 1
前日の夜、雨はよく降ったようで、朝まだ、アスファルトが濡れていた。久しぶりのお泊まりの山歩き。この2か月ですっかり季節も移り変わり、山はすでに秋が終わって、冬の便りが届いていた。ただ、その実感はあまりなかった。
先週末は雨で山を歩けなかったこともあり、山の様子が分からない。急降下の様に下がっていっている気温。その変化について行けず、何を用意すれば良かったのか、電車に揺られながら、何度もそれが、頭の中をぐるぐるしていて、いつになく緊張していた。そしていつになく、荷物は増えてしまっていた。
1年ぶりの美濃戸口からの入山。
1年なんてあっという間に過ぎてしまう。森に一歩踏み込むと、もうキリッとした空気に、吸い込む息が冷たい。木々の間からは、青空と麓は紅葉がちらほらと見え隠れして、気持ち良いムードに溢れてとても幸せな気分にさせる。あぁ来てよかった。
行者小屋まではハイキングムード。
空は曇りがちになってきたけど、雲の切れ目から、陽の光に照らされた苔たちが色めきだって見えるのが、とても綺麗。
歩き始めてから3時間。少し冷えてきて、ぼちぼち疲れてきて、お腹も空いてきた、ってところで行者小屋に着いた。空は真っ白になって、見上げる頂はすっかり隠れていた。
「山なめんなよ」の行者小屋。
ひとまずとりあえず腹ごしらえ、小屋にお邪魔して味噌ラーメンをお願いした。赤岳天望荘には、早めに着きたかったので、ちょっと急ぎ気味で味噌ラーメンを平らげた。
外に出て今から登る方向を見上げた。雲が走っている。切れ間から霧氷が付いている山肌が見えた。
あの雲の中に突っ込むのか。と、少し不安になった。
ヘルメットを被って「登山」が始まる。
地蔵尾根を登っていく。ちらほらと雪が落ちていた。標高が上がるにつれて、吹き溜まりには雪が溜まって、岩には氷が張り付いて、エビが出来つつあった。気づけば、すっかり冬の入り口に立っている。
恐る恐る振り返ると、まだ西の街並みは見えていた。
森林限界が近づいてきて、さらに風が強まってきた。ぱらら。ぱらら。と、霰? そして、すっかり霧に囲まれて、上も下ももう真っ白。念のため厚めの着るものとチェーンスパイクは持ってきていたのだけど、心の準備はまだ、そこまで出来てはいなかった。
地蔵の頭。
稜線に近づいてくるとさらに風は強まって、支柱の鉄棒やクサリには氷が纏わりついていて、そして誰ともすれ違わない。ひゅうぅぅ と、心細くなる。なんかひとり、ヤバい事をしているのではないか、、慎重に、急峻な、手すりがないととても登れないような階段やクサリ場を過ぎていった。
あ、お地蔵さん!
あともう少し。下の方のお地蔵さんが現れると、もうすぐで地蔵の頭だ。上の方で人影も見えた。すこしホッとする。道標が見えて、地蔵の頭、稜線に乗った。
上のお地蔵さんの顔は、すでに氷で覆われて、エビ状になっていた。飴食い競争の後の様だった。
稜線は西から駆け上がってきた雲が噴き上げられると同時に、東側をみると晴天の元にある町並みが見えた。
たったこの1〜2mの稜線を境に景色は全く違っていた。
西からの風に警戒しながら、稜線を進む。まだ噴き上がっている雲が見えるだけ良い。そこまでの視界不良ではない。風の冷たさも厳冬期のそれと比べると、まだマシではあるけど、囂々と荒れた様な風はあまり健全でない。赤岳天望荘の姿が見え始めて、急に安堵に包まれた。
もうシーズンオフ。夏山気分は終わっていた。
小屋も混んでいるという訳でもなく、割とまばらに登山客がいるくらいで、ゆったりとしている。
受付を済ませて、こたつ仕様のホットカーペットこたつでぬくぬくとしながら、ビールを飲む。美味しい。汗は然程かいてなくても、喉は渇くのだ。
わざわざ寒い思いをしながら高い山へ登って、冷えたカラダをこたつで温めながら、冷たいビールを飲む。マッチポンプである。
ごうごうと。
日が暮れて、台風の様に、風はバタバタと小屋を叩いて、固そうな雪か霰が窓にパチパチと当たっている。もう一歩も外へ出たくなくなる風。窓から外の様子を伺う。やっぱり外は真っ白。
夕ごはん。
たまたま座り合わせたこたつチームは4人。あちこち精力的に歩かれているという東北からのお二人と、百名山を全て巡ったという猛者揃い。こんな日にここに居るというのは、余程の好き物であることは間違いない。
ごはんを食べながら色々聞かせてもらう。すごい人たちは本当にすごい。
すでにビールを3本、呑気に飲んでいた。18時半にはもう眠たくなって、先に席を立ち部屋へ戻る前に外へ出てみた。風がすごい。辺りは真っ白。雪が積もり始めている。明日が心配になる。明日朝起きて、にっちもさっちもいかなくなっていたらどうしよう。
そんな不安を抱えながら布団へ潜り込む。風が激しく小屋を打っているのを聞きながら、うつらうつらしていたら、眠りに落ちていた。夜中に目が覚めると、風の音は幾分マシになっている様子だった。
DAY 2
ここはどこ。。
何処にいるのか分からない状態で目が覚めた。しばらくするとパチっと部屋の灯りがついた。あ、山小屋だった。と言うくらい、何だかんだ、ぐっすり寝ていたみたいだ。
5時。朝だ。
外の様子が気になって、外へ出てみる。風は強いけど、空を眺めていると、雲が抜けそうな気配が、空の白色から、何となく青味を帯びている様な気がした。東の方を見ると、ご来光が、雲の切れ間から朝焼け始めているのが少し見えて、少し希望が持てた。いけるかも。
でも、やっぱり何となく不安。
朝ごはんもまた昨晩と同じ、こたつチームになった。皆さん赤岳は前日に済ませていて、この日は硫黄岳へ向かうという。去年の夏の終わりも風が強くて、横岳を越えるのは怖かったなぁと、思い出す。
こんな状況で、こんな高所に居るのは初めて。無事に下れるのか、そんな不安に包まれながら準備をする。プランAですらギリギリの気分である。
明るくなってから、出発しよう。
明け方、あんなに真っ白だったのに、夜明けと共にみるみると晴れていった。ほんのりと茜色に染めた空に、富士山が、とても端正で均整のとれた裾野まで、キチンと整った姿がそこにあった。
さすが、富士だ。背筋を伸ばしてシャンとしている様に見えた。
見上げるともう赤岳が姿を現していた。山頂の赤岳頂上山荘も見える。とても美しい世界に、安堵に、包まれた。
相変わらず強風と、風に飛ばされてきた雪が飛んでくる。あそこまで登るのか、登ったは良いけど、下れるのかな。と、やっぱり不安になる。
登る。ゆっくり登る。
強い風が稜線を打ちつけている。ときどき風に身体を持っていかれそうになるけど、じっくり足場を見定めながら、一歩一歩登る。
風裏へ入ると嘘の様に風が止み、陽射しに照らされるとポカポカしてくる。ホッとする。
道は凍ってはいないけど、一度踏み外すと大変なことになる急峻な登り。なんかヤバい事をしているような、危ない、本当に危ない遊びである。
雪山に入ると時々思う。なんでこんな事しているのだろう。なんでこんな素人が1人でこんな所で、こんな遊びをしているのだろう。と。やめた方が良い。と後悔すらしている。でも、またそんなことは忘れて登ってしまう。
もう少しで山頂。
赤岳頂上山荘に近づいた。建物は霜で覆われて、道標やクサリ、支柱は全て氷ついて、氷の世界にいる様。山荘越しにまほろばの様に弱々しく太陽があった。
山頂の方へ向かう。すっかり空は青空を見せていた。八ヶ岳の山々は真っ白に、雪に覆われて、もう冬だった。
山頂にたどり着くと、すでに何人か赤岳の山頂にいた。ホッとする。文三郎尾根の方から登ってきた様だ。チェーンスパイクも無しで来ている人もいた。猛者だ。文三郎尾根の様子を聞いた。何とか下りれそうな感触を得た。山頂標と共にお写真を撮ってあげた。
山頂から眺める。
八ヶ岳の主稜線をずっと見渡せるくらいになっていた。1番向こう側にぽっかりと雲を被った蓼科山が見える。手前には横岳の峰が空を突いていた。
雲がわたの様に、ふんわりと流れている。ブロッケン現象が現れては消え、朝陽が諏訪湖を鏡の様に照らし、遥か西側には北アルプスらしき白い壁が空に浮かんでいた。
言葉では言い表せないくらいに、秋と冬が入り混じる景色をただ、静かに眺めていることしかできなかった。怖い、と思ってもやっぱり来てよかった。
落ち着いて、落ち着いて。
下山の方が怖い。一歩一歩確実、クサリも手掛かりに、ゆっくり下りる。凍てついた氷の世界。でも見下ろすと紅葉っぽい麓の森が広がっている。風が吹かなければ、落ち着いて見ていられる。すごい景色だ。いい景色だ。来てよかった。
さっきの後悔はすでに過ぎ去って、良い思い出に変わりつつある。
長い階段、こんな長い階段あったっけ。と2年ぶりの文三郎尾根の記憶はすっかりなかった。木の階段、鉄の階段、ところどころ脆く、緩くなっていて、ときどき、ガタンと沈み込んだりする。
ようやく中腹に。
中岳の分岐を過ぎた頃から、すれ違う人が多くなってきた。安心感に包まれる。
阿弥陀岳か。今年も行けなかったな。あまり緊張感を強いられシーンは苦手である。また、阿弥陀岳を登っている間にこの天候が変わるのも嫌だ。また、夏に来よう。
そう思って、名残り惜しむ様に、何度も振り向きながら、阿弥陀岳を眺めながら、行者小屋へ下りていった。
下山。
行者小屋に着いて、ホッとする。そして装備を解除する。上着のシェルやレインパンツ、チェーンスパイクを脱いで身軽になった。ここからは長閑なハイキング。時間もまだ沢山ある。赤岳鉱泉までぶらぶらと森の中を移動した。
赤岳鉱泉で小さいビールを買った。赤岳鉱泉はいつも賑やかで、雰囲気はとても陽気なムードで、そんな風景を眺めながら日向でビールを飲んでいた。
すると、山小屋で一緒だった百名山制覇の人が、硫黄岳から下りてきたところで再び出会った。
一緒にベンチに腰掛けながらしばらくお喋りをして、先に颯爽と下山していった。流石である。こちらはまだビールを楽しんでいた。
美濃戸口までの陽気なハイキング。
ここから先はもう何度も歩いた道。今年の2月にも雪道を歩いた記憶にもまだ新しく、頭の中で今の景色を比べながら歩いた。沢を覆った雪の隙間から、この辺りの特徴である赤い川床が、白と赤のコントラストが、陽に照らされてとても映えて見えていた。
まだ今は、そんな気配は無いけれど、すぐにそんな雪景色に変わるのだろう。その替わりに紅葉した樹木が時々現れては、その度に立ち止まっては、写真ばかり撮っていて、なかなか進まなかった。
沢の音と、柔らかい秋の陽射し、ときどき現れる紅葉のスパイス。暑くも寒くもない。言うことのない時間がただ流れているだけだった。
「八ヶ岳」。
美濃戸の分岐に差し掛かって、名残り惜しくなった。「八ヶ岳」な印象的な看板が好きだ。また見れたことの喜びと、そう簡単には来れない、という淋しさが入り混じって、また来るよ。と心の中で思うだけ。
林道は今から向かう人たちとすれ違いながら、美濃戸口に着いた。今回も無事に帰ってこれた。ホッとしたらお腹が減った。八ヶ岳山荘で生ビール、とお蕎麦を食べながらバスを待った。時間もあったのでビールもお代りをしてしまう。
最後に。
3度目の赤岳。八ヶ岳も初冠雪だったと、帰ってきてから知りました。微妙なタイミングでしたが、ぽかぽか陽気の麓に映える紅葉。キリッとした空気、そして高所の木々には霧氷が付く。
そんな景色が眼下に広がる赤岳山頂からの眺めは、朝陽に山肌を少し茜色に赤らめながら、雲はとてもドラマチックに流れ、時間も寒さも忘れる程でした。この時期ならではなのかも知れません。
そんな中を歩けたことと、また今回も無事に帰って来れたことに感謝しかない山歩きでした。
しみじみ山歩き










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