大峯奥駈道

- GPS
- 50:50
- 距離
- 116km
- 登り
- 7,314m
- 下り
- 7,403m
コースタイム
- 山行
- 10:55
- 休憩
- 0:38
- 合計
- 11:33
- 山行
- 21:48
- 休憩
- 0:26
- 合計
- 22:14
- 山行
- 14:15
- 休憩
- 0:37
- 合計
- 14:52
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2025年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス 自家用車
|
写真
感想
「次は、ぁ、ムダ、ムダです。ムダ。ムダです。左側の扉が開きますのでご注意ください。ムダ。ムダです。」車内アナウンスがそう流れて、僕は六田駅をあとにした。歩きながらこの挑戦は無駄なのか考えさせられ、考えるだけ無駄だという結論に達した。
山上ヶ岳の頂上には宿坊がたくさんあって道に迷った。まだ先は長いのに疲れた。暗くなってきた。眠くなってきた。何頭もの鹿たちが緑色の目でこちらを見て警戒の声を出して走り去っていった。ホトトギス・カッコウ・ツツドリ・ミミズクが鳴く。ムダ、ムダムダと言われているような気がした。
昼間はハエとブヨと蚊とアブが羽音の大喝采・大歓迎、夜には蛾たちが「追っかけ」のようにヘッドランプめがけて突進してきた。立ち止まると虫たちが集まってくるので休憩したり荷物の整理をしたりするのは所々にある宿場の中でひっそりと行った。アイドルってこういう感じなのかなと思った。行者還避難小屋はすごく綺麗だった。一時間くらい眠った。
途中で道を間違えたらしく、熊野本宮大社などなさそうな暗い静かな小さな集落に下りた。ここがどこなのか調べようとしてiPhoneを探したが、いつも入れているポケットに入っていなかった。......紙の地図は持っていない。電柱には「田辺市」とあった。本宮って田辺市だったか思い出せない。熊野市じゃないのか? マイカーを停めてある熊野本宮はここから遠いのか近いのか、ぜんぜんわからない。最後にiPhoneを見たのは玉置神社の「玉石社」の写真をとった時だったか。だいぶ前だった気がする。午前2時。道ゆく人もない。公衆電話はあるが、小銭がない。自動販売機もない。焦った。こういう時こそ焦らないほうがいいのだろうが、焦った。引き返してiPhoneが落ちてないか見に行ったが、幻覚が見えはじめていたし、少し眠って疲れをとり、明るくなってから探したほうが絶対にいいと判断して路上でビバークした。スタートから37時間が経っている。そのうち1時間しか寝ていない。ふとももの裏にマダニが5匹ついていた。
明るくなってきた。大斎原を思わせる広い河原が見えて少しホッとした。iPhoneを探しにいく前に妻に連絡をしておいたほうがいい。水分も残り少ない。うろうろと自動販売機を求めて歩いた。広い熊野川は三俣に分かれていた。橋と橋の間隔が広い。僕が下りてきた山塊を眺めながら、本宮がありそうな方向に歩いた。通りすがりの人に本宮の場所を尋ねると、4kmほどで、その手前に道の駅があるとgoogle Mapを見せてくれた。その時すかさずそれがiPhoneなのかを確認した。iPhone同士であれば「探す」アプリで電話の位置を特定できる。でもそれはiPhoneではなかった。4km歩けばマイカーに辿り着ける。しかしどのみちiPhoneを探しに山に戻るのなら、マイカーは本宮に置いたままにして、iPhoneを回収して正しい道を辿って本宮にゴールできればそれが一番いい。僕は道の駅で水分を補給して10円硬貨で妻に電話した。コール時間は短く、すぐに留守電になった。何回も失敗してようやく、1 電話を紛失したこと・2 体は無事なこと・3.またふたたび探しに山に戻ることを吹き込んだ。おそらく公衆電話からの着信はこのようにあしらわれる設定になっているのだろう。
もしこのとき妻と話すことができたなら、「探す」アプリを見てもらおうと思っていた。そうしたらiPhoneは玉置神社の近くにあることが確認できただろう。玉置神社までは道路が通っていて車でいけるから、僕は山に戻らずに本宮まで歩いてマイカーで玉置神社に行ってiPhoneを回収し、大峯奥駈道を完歩することなく帰宅しただろうと思う。完歩してもそこに車はない。15kmの山道を引き返して玉置神社に戻る? まさか。
でも実際にはこのとき妻と話をすることはできず、留守電に録音しただけだった。僕は来た道を引き返し、iPhoneが落ちていることを期待しながら眉間に力を込め、瞳をこらして山道を戻った。幻覚が頻繁に現れるようになってきた。玉置山へ行く手前で道を誤り、行く必要のない林道に下りた。どちらへ行けばいいのかわからなかった。当たり前だ。そこは大峯奥駈道ではないから、どちらへも行かずに引き返せばよいのだ。沢があった。顔を洗い、水を飲んだ。沢に見覚えのない橋がかかっていた。この橋を渡ってはいけない。戻ろうとしたが、その林道には下山口がいくつもあって、どこから来たのかわからなくなった。何度も、何度も何度も林道を往復して、どこから来たのか見定めようとした。焦るな、と自分に言い聞かせた。ピンクやオレンジのマーキングテープは大峯奥駈道のしるしとは限らない。そんなことは分かっているのに、睡眠不足で認識力が下がり、分岐に気づかなかったり、いく道を判断する前に足が出てしまっている。いまはiPhoneを諦めたほうがいい。そしてうちに帰ってmacで「探す」アプリを開くのだ。
結果的に僕は登山道に復帰して大峯奥駈道を完歩した。もしiPhoneを失くしていなかったら、道を間違えて暗い静かな小さな集落に下山したとき、残念がるよりはむしろ清々しいといった表情を隠しきれずに地図アプリで自分の位置を把握し、ためらいもなく最短の道のりで車に戻って二度と挑戦したりはしまい。「ムダ。ムダです。」と言われて始まった今回の旅は、たしかに無駄の多い旅ではあったけれど、iPhoneを紛失しないと見えない景色が見えた。
父の手術がうまくいくよう本宮大社に祈った。
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