風の北八ヶ岳・天狗岳と雪の黒百合ヒュッテ 2DAYS


- GPS
- 07:27
- 距離
- 9.2km
- 登り
- 781m
- 下り
- 775m
コースタイム
- 山行
- 2:26
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 2:26
- 山行
- 3:38
- 休憩
- 1:46
- 合計
- 5:24
天候 | 晴れと暴風 |
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過去天気図(気象庁) | 2025年03月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
|
予約できる山小屋 |
黒百合ヒュッテ
|
写真
装備
個人装備 |
12本爪アイゼン
ピッケル
ストック
冬用グローブ
ゲイター
ダウン上下
ボディケア一式
ソフトシェル
サングラス
黒百合ヒュッテ用コップ
行動食
非常食
水
常備薬・ファーストエイド
地図(地形図)
コンパス
計画書
ヘッドランプ予備入れて2つ
乾電池・携帯充電池
筆記用具
お風呂セット(長袖/靴下/下着/手ぬぐい)
現金と保険証
携帯電話(Suica補充したもの)
GARMIN時計(Suica補充したもの)
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感想
**今冬、もう一度、雪山へ行きたい。**
リビングの傍らにいつも、広げてみると大きな八ヶ岳の地図を置いていて、ときどき手に取っては眺めていた。
前からずっと気になっていた素敵な名前の、黒百合平にある黒百合ヒュッテ。そして、その黒百合ヒュッテを足掛かりに、雪の天狗岳を歩こうと考えた。
何となくオンラインで山小屋を予約出来るサイトを覗いてみて、やっぱり空きは無いか、と諦めかかったのだけど、キャンセル待ちを通知してくれる機能があって、ふと、登録してみた。
そこまで行動させたのは、たぶんその思いの強さの方が勝ったのだろう。
**黒百合ヒュッテの予約を試みる。**
先週の土曜日、ピピン、と空きが出ました。とメールが来た。期待していなかったのだけど、いざ空きが出て、一瞬、躊躇したのだけど、予約の手続きを済ませた。普通の週末に泊まりの山歩き。月曜日が使い物にならない心配もあったのだけど、予約を決めた。
先週のジョンコナー隊長との山行の後、隊長にそのことを話した。今週の日曜日はどうも所用があり、、と言う感じだったのだけど、次の日やっぱり予約を試みていたようで、そのオンラインサイトを見てみるとまだ空きがあったままだった。その事を伝えた。所用の予定は調整をしたみたいで、山小屋の予約を済ませていた。
雪山をゆっくり味わうには、やはり泊まりの行程の方が、心穏やかにゆっくりと歩くことが出来る。それは雪山に限らないのだけど、雪上のテント泊はハードルが高過ぎて、どうしても山小屋に頼らざるを得ない。
そして雪山での時間の移ろいの中に身を置くことは、やはり格別の良さがある。と、思っている。
今冬、いろいろ問題で隊長は雪山へ行けていない。北八ヶ岳の南端に位置する天狗岳は爆風の予報が出ていたが、これが最後のチャンスだろう。
**DAY 1 中央線を行ったり来たり、あずさ1号。**
すっかり乗り慣れた中央本線。この日も茅野へ向けて、新宿6時発のあずさ号に合わせて移動をする。東京の気温は22度の予報で、早朝はすっかりもう寒くない。
朝ご飯を買ってあずさ号に乗り込む。立川、八王子で満席御礼になり、うとうとしていると次はもう小淵沢だった。途中の記憶は無い。
そして茅野駅到着。走る。バス停に向けて登山者たちは走る。
その雰囲気に飲まれて一緒に小走りをしてしまう。と、脇から隊長が追い抜いて行った。気づいていないようだ。時々そういう時が、ある。
とは言え、渋の湯行きの列は大したことない。先に発車した北八ヶ岳ロープウェイ行きは少し立ち客を出しているのが見えた。
にしても、茅野も暖かい。特に重たい上着がなくとも過ごせる。冬靴に履き替えて、9時25分、奥蓼科登山口へ出発。バスは市街地を抜け段々と山の奥へ、道端には雪が目立ってくる様になる。木々の隙間から晴れた空の下、蓼科山の雪化粧をした、こんもりとした頂きがチラチラと覗き、期待は膨らむ。
**奥蓼科の終着駅。**
アルピコバスの奥蓼科登山口バス停は渋御殿湯を終点として、天狗岳への起点となっていて、この日もバスから降りた登山客と下山してきてバス待ちをしていた登山客が入り混じる。
谷間にある吹きっ晒しの広場は風が強くて、少し寒い。その風の吹きっぷりに少し不安になる。そして風に乗って何処からともなく運ばれてきた硫黄の匂いがほのかに漂っていた。
**準備を済ませて歩き始める。**
久しぶりの雪山に隊長は意気揚々。渋川の川縁をほんの少し歩いて開けたところに小さな橋が掛かっていて、ここが取り付き口の様だ。面倒なのでもうここでアイゼンを着ける。取り付きの始まりは九十九折りで少し急登だ。
森の中を歩く。見上げると木々の隙間から青空が覗き、風で木々が揺れている。気温が上がっていくのを肌で感じながら黙々と登る。
気温の上昇と共に、木の上に乗った雪がバラバラと落ちているのが見える。登山道の上からも絨毯爆撃の様に、ふと後ろからドスン。っと重めの音が聞こえた。
「ぎゃ」
振り返ると、大玉が隊長に直撃していて、頭の先から雪で真っ白になっていた。
「大当たり~」
風は強いけどまだ長閑な森の中をのんびりと歩く。八方台分岐、唐沢鉱泉分岐を経る。景色もあまり変わり映えがしなくなって、少し飽きかけて来たところで黒百合ヒュッテが見えた。奥蓼科登山口から2時間半、13時に待望の黒百合ヒュッテに着いた。
**北八ヶ岳の森に佇む、可愛らしい山小屋。**
玄関の黒百合ヒュッテの看板は味があって素敵だ。二重扉になっていて、一つ目の扉を開けると、その脇に百合柄のレトロなステンドグラスが飾られていて、右側の扉はカフェスペースになっている。
二つ目の扉を開けると大広間が広がっていて、ストーブを囲んだ談話スペースになっていた。壁には本棚とザックラックが備え付けられていて、右側奥には食堂が見える。
暖炉は点いてなかったけど十分に暖かい。
**ちょっと遅めのお昼ご飯。名物のビーフシチュー。**
チェックインを済ませて、小屋内の案内は16時半からと、一先ず装備をバラしてお昼ご飯にする。
夜ご飯はハンバーグということで、お昼は看板メニューのビーフシチューとライスのセットにする。まずは500mlのビールで乾杯。旨い。幸せの瞬間。
外が眺められる席で、雪山を眺めてしみじみする。やはり風は強い。バタバタと木々が揺れて、山小屋前の丘の肌を噴雪がものすごい勢いで横切っていくのが見える。
小屋に着いて、ひと息ついたら東天狗岳まで行ってみようなどと、計画段階では思っていたけれど、そんな事はすっかり無くなっていて、小屋でまったり時間にする事になっていた。
**黒百合ヒュッテの周りを雪散歩。**
ホロホロのお肉が美味しいビーフシチューでお腹いっぱい。まったりが加速する。
ちょっと小屋の周りを散歩しましょうよ、と提案するももう隊長は外に出たくないらしい。
「ここで漫画を読みながら待ってま~す」
と呑気にまったりを継続したいようだ。せっかくこんな所にまで来たのだから、山小屋での過ごし方は人それぞれに、それぞれの楽しみ方があっていい。
「それでは、カメラを担いで近くの中山峠まで行ってきます~」
と、登山靴に履き替えて黒百合ヒュッテのテント場を抜けて、先の森へと歩いて出掛けてみた。
風は強いものの快晴の下、テントを準備している人達もいる。すごい。
中山峠へ出ると、明日登る天狗岳が見えた。東天狗だ。木々の間から少し見晴らしの良い位置を見つけて写真を撮った。
上から3人の登山者が下りてきた。上の様子、風の様子が気になって聞いてみた。
「上まで行ってこられたんですか?」
「行こうとおもったのですが、あまりの風で、、途中で諦めて戻ってきました」
「そうですか、、下から見てても凄い風です」
一応、明日の午後からは風が弱まるという予報もみていたのだけど、登るのは明朝。どれくらい風がマシになっているものか、、と、緊張する。
やはり、そうとう風がきつかった様で、話が止まらない。一期一会の山のお喋りを楽しむ。
もう一つ、横風が凄いけど、眺めが良さそうだったので、小屋の前にある丘の上からの写真を撮りに行こうと、上着とアイゼンを取りに小屋へ戻った。
**カメラに異変、そして事件が起こる。**
丘への道のりは急峻な登り坂に加えて、ほとんど足跡が付いていない。アイゼンでステップを作りながら登っていくのだけど、深い所では膝上までズボッといってしまう。
肩から掛けていたカメラの対物レンズ側は下を向いていて、深く雪にハマった瞬間、レンズが雪に刺さってしまった。
広角ズームレンズのためレンズフードは浅いのだけど、雪が詰まって対物レンズ側が埋もれてしまった。
フィルターも付けてるし、まぁこんな事は時々ある。横風に耐えながらタオルでその雪を払ったりほじくっていた拍子にその事件は起こる。
**「!!」
**突然、ボロンとレンズが外れて、手袋をした手をすり抜ける様に、そのレンズは後ろ玉の方から雪の上に落ちた。
**「!?」**
**「!!」**
なんと。こんな事は初めてである。手袋越しにカメラを掴んでいた指がレンズを外すボタンを押していたみたいで、前玉を拭く作業でレンズごと回ってしまい、事もあろうかカメラから外れて雪の中へ落下してしまったのだ。
恐る恐る持ち上げてみると、レンズの後ろ側はカメラとの電子接点もあり、窪んだ後ろ玉のスペースはすっかり雪が詰まってしまっていた。
「やってもうた・・」
センサー丸出しのカメラボディを吹き刺す噴雪から守りながら、慌てて雪をほじくり出し、タオルで拭き拭き、もう大慌てである。何とか詰まった雪の除去が出来た。見た目、水滴の類も完全に拭けた様に見えた。
下の小屋からは、あの人はあんな所に停まって、ずっと何をやっているのだろう。といった所である。ずっと風の中にいた。
レンズをカメラに取り付け恐る恐る電源を入れる。あ、映った。一先ず胸を撫で下ろし、さらに丘の上を目指すも腰近くまで埋まってしまう様になり、これ以上は先にいけない。丘の向こう側を見ることは叶わなかった。
すでに戦意喪失していたこともあった。
**事件はそれで、終わらない。**
小屋に戻り、隊長にその事件の一部始終を話す。とりあえずカメラは動いていたので、その時は笑って話していたのだが、事件はそれで終わらなかった。
とりあえず、レンズとカメラボディを分離して暫く干しておいた。
**山小屋の中は?**
そんなことをしているうちに、小屋内の案内の時間がやってきた。代表として隊長がその案内に行ってくれた。
興奮気味に隊長が戻ってきて、今夜の寝場所は三階建ての黒百合ヒュッテの三階の大部屋だった。なんと4人でそこを使える、あっちとこっちの、それぞれに分かれて使えるそうだ。2階は幾つかのグループで使用するようで、ぎゅうぎゅうに布団が敷かれていた。
広々、といっても三階は屋根裏の様に三角になっていて、天井が低い。腰を屈めないと歩けない低さであるが、山小屋の大部屋で他人との隔たりがあるのは悪いことではない。部屋の電気も2つに分かれていて、それぞれで使える様になっていた。
ザックは一階の大広間に置き、必要な荷物だけ上へ持って上がるスタイルだった。
**そして、カメラが・・・**
とりあえず、布団周りを整えてまったり時間。小屋の中はとても暖かい。布団に寝転がると眠たくなってくる。いかん、いかん。窓の外は少しずつ日が傾いて来ている様だった。夕焼けを期待していた。カメラの電源を点けてみた。
ファインダーは真っ暗のまま、初めて目にする「レンズ情報が読み取れません」的な表示が出て、画が表示されない。
「?」
なんど電源を入り切りしてみても結果は同じである。
レンズを取り外してみると、後ろ玉が結露していた。まだ内部に水分が残っていた様だ。
「やっぱり、ダメっす涙」
落ち込んだ。
「外して、一晩干しておくと直るわよ!」
と、隊長は慰めてくれるけど、気が気ではない。山でずいぶん手荒に扱った罰だ。幾多の山歩きを共にして、少々の雨雪でびちょびちょになっても、元気に動いてくれていたSIGMA FPも、よもやここまでか、、と、とりあえず隊長に言われた通り、部屋の隅っこで乾かしておくことにした。
もうこの山行ではカメラが使えない。そのことが何度も何度も頭の中を駆け巡った。
気を取り直して、少し日が暮れそうになっていた外の景色を撮りにアイホンを持って出る。でも、アイホンでは写欲が上がらない。
**山小屋のお楽しみと言ったら、やっぱり夜ご飯。**
ビールを買い込んで、食堂へ向かう。ズラッと配膳は済んでいて、指定された席へ着く。主菜はハンバーグにサラダ、付け合わせ二品に高野豆腐と香の物、お味噌汁である。デザートは葛餅だろうか。
うん、美味しい。見た目すこし少なく見えたけど、じゅうぶんな量である。隊長とお喋りしながら食べる。
香の物を残して、最後はおかわりしたご飯と熱々のお茶漬けをする。うん、満足。
食事を終えて、本棚から30年前の八ヶ岳の写真付き解説本を発見。お茶を頂きながらパラパラと明日の歩くルートを見ていたり、泊まったことのある八ヶ岳の山小屋の写真は30年前と言うこともあり、今と違っている姿だったり、たった30年と言えど少し歴史を感じさせる内容だった。
**外はすっかり真っ暗。**
風は相変わらずバタバタと木々を揺らしていたけれど、澄み渡った夜空には沢山の星がすぐ手が届きそうなくらい、間近に見える。
夜空も綺麗に撮れるアイホンはこういう時は万能である。
夜空の下で歯磨きをしながら星を眺めていた。ちょっと寒かったけど、先月の本沢温泉の時よりは寒くなかった。
同じ雪景色だけど、季節は確実に移り変わっている。
**黒百合ヒュッテの消灯時間は20時半。**
消灯時間が少し遅いのはならではなのかな。まだ小1時間ほどあったけど、もう眠たい。小屋の中はとても暖かく、一応、ダウンパンツを履いていたけど、布団も暖かくて靴下は脱いでしまう。
そんなに寒さに身構えるほどでは無かった。どうしても先月の寒かった本沢温泉と比べてしまうのだが、黒百合ヒュッテはとても暖かかった。
もう隣のグループの灯りは消されていた。
さて、もうこちらも寝ますか、と明かりを消して眠りにつく。カメラの事がぐるぐると頭の中を巡る。カメラはあそこで買ったし、レンズはあのお店だったかな、とか、すると修理は何処へ持っていけば、、
とか、せっかく大自然の真っ只中で寝ているのに、そんな小さなそぐわない事でうじうじしている。小さなことよ。心のファインダーを覗き、心の写真で心に残せばいいじゃないか。。
明日のお天気は、風は、カメラは、、なんてことをモヤモヤしながら気づくと、眠りに着いていた。
**DAY 2 山の様子は?風は?お天気は?**
夜中、たぶん2度ほど目が覚めたけど、ちゃんと寝れていたようで、目覚ましと共に4時半、パチっと目が覚めた。
まだ真っ暗な中、ぼんやりと赤い光の中で隊長はすでに準備にかかっているのが見えた。
**カメラはどうか?**
とりあえずトイレへ降りて戻って来るなり、カメラとレンズを手に取り、くっつけて恐る恐る電源を入れてみた。
例のメッセージが出ない!あれ?映ってる?部屋は真っ暗で画面も真っ暗だ。赤い光の方へレンズを寄せるとぼんやりと画面に現れた。
「直ってる!直ってる!直ってる!」
と、声を殺しながら、子供の様に歓喜の声を上げた。嬉しさのあまり布団の上を転げ回って、身体で喜びを表現した。
「乾かせば直る」
昔ながらの言い伝えは正しく、その後は問題なくカメラは動いていた。気をつけて、大事にしてやろう。そう心に誓う。
**寝てただけなのに、お腹はぺこぺこ。**
朝ご飯は6時。それまでは片付けをしたり準備をしたり、荷物を下へ下ろしたりして過ごした。
灯りの点いている一階の大広間では、化粧の準備で忙しそうなご夫婦たちで溢れていた。あまりそちらは見ない様に行き来をする。
5時半にはもう外は明るくなっていた。外に出て山の方へ目をやる。お天気は良いのだけど、相変わらず風は強く、相変わらず木々は揺れていた。やっぱり少し不安になる。
6時の朝ご飯の準備が整えられていって、美味しそうな匂いが漂ってきた。もうみんなお待ちかねと、大広間に集まって来ていた。
今日の朝ごはんは、濃い目のニシンの煮付けとガンモにお味噌汁、タマゴご飯である。朝から赤だしのお味噌汁が沁みる。お替わりはせずに腹八分目で。
朝ご飯が済むと次々と準備を整え終わった登山者が、黒百合ヒュッテから解き放たれていく。
こちらも準備を整えて、7時。快晴の下、天狗岳へ向けて出発する。
**天狗岳に取り付き始める。**
やはり予想通り、西からの風は強いままだ。中山峠を経て、稜線へ向かう。東側は崖、西からの強風は緩まる事もなく吹き続けている。風に煽られると、簡単に身体を持っていかれるくらいに強くて重い風。少しでも気を抜くとよろけてしまう。
天狗岳分岐を過ぎると風はより一層強さを増して、爆風の様相になる。
ただ幸い、風を受け続けていても寒いという感じはない。
それでも風を受け続けて冷やされしまったのか、カメラはバッテリーは上がってしまい、すぐに取り出せる様に予備のバッテリーを胸元にしまっておいたのだけど、もうそれを取り出して交換する余裕もない。
**迷い。**
風速25m以上あったかもしれない。かつて経験したことのないほどの暴風の中。
「行けそうですか?やめませんか?」
と、隊長に一度尋ねたけれど、
「行く、大丈夫」
と隊長は答えた。
**お天気は良いのに。**
振り返ると、眼下には天狗の奥庭がすり鉢が広がり、向こう蓼科山が見え、東側には小海の町が春霞の中に見える。
雪景色の大地が視界いっぱいに広がるあまりの絶景に、うるっとしてしまう。そして心のシャッターを切った。
**核心部に差し掛かる。**
天狗の鼻と呼ばれる突き出した岩が見えて来て、雪と岩のミックス状態になり、登攀はより一層緊張を強いられることになる。トラバース気味に岩を避ける下は崖だ。東西どっちに転んでも滑落は免れない。風はまた強さを増して合間もなく、息つく暇もない。
天狗の鼻に差し掛かったところで、どうしても越えられないギャップに阻まれる。抜かして行った若者2人はそれをクリアして、東天狗岳山頂の間近に見えた。
**怖いのを押して「行く」のが勇気ではなく、
怖さを知って「戻る」のが勇気。**
天狗の鼻の下で、ああでも無い、こうでも無いと話をする。次の手掛かりがなく、どうしても安定した2歩目が出ない。
別の手掛かりから半歩上がった所で、隊長が無理に這いつくばる様に、よじ登る様に、半ば強引に2歩目に行こうとする後ろ姿と、眼下の崖下を同時に見てしまう。
この暴風の中、確かな手掛かりもなく、岩に浅く掛かったアイゼンの前爪が少しでも外れると絶対に滑落する!
ザックのベルトやショルダーハーネスを掴んでも絶対に止められない!
想像してしまった。
「やめましょう」
と、切り出した。
隊長はたぶん少し今来たルートを思い返したのだろう、少し間が空いて、うんと頷いた。
下りは下りで大変だけど、この先まだ未知のルートを東天狗、西天狗と、この様な所を越えて行かないといけない。
直ぐそこに東天狗岳の山頂は見えている。
もし、ここを越えたとしても、ここを下りれる自信はない。
次、もしまた越えられないような核心部が現れると、今度は行くことも戻ることも出来なくなってしまう。
岩にへばりついて、改めて景色を心に焼き付ける。
ここは八ヶ岳。直ぐまた来れるじゃないか。今度は夏に来よう。
**来た道を、戻る。**
まだ暴風の中の下山は緊張の糸は緩められないけれど、眼下に広がる、森が広がる景色が近づいてくる。
何人かの登ってくる登山者とすれ違う。風切音で会話も出来ない。手振り身振りですれ違う。
ようやく樹林帯に飛び込み、会話ができる様になって、すれ違う登山者はやはりこの風の上の様子が気になるようで、あまりの風で帰って来たことを話したりする。
隊長は撤退が少し悔しかったようだけど、危ない目に合う前に止める事には、何も躊躇はない。これで良かった。お互い無事でまたこうして話しをしている。
まだ時間は早い。気分はもう切り替わっていて、黒百合ヒュッテに戻ってコーヒーとケーキでも食べよう! となる。
また窓際のカフェスペースで、雪景色を眺めながら、無事に帰って来た安堵感が押し寄せる様に、身体中をしみじみとさせる。
**さて、下山する。**
奥蓼科登山口のバスの時間までは、まだ全然余裕があるけれど、ぶらぶら下って、渋御殿湯でビールでも飲んで過ごそう。と、カフェスペースで同席した女性ハイカーさんから、渋御殿湯でビールを仕入れることができるとの情報を得ていた。
風はまだあるものの、森の中を歩いている限りでは、その影響は風に揺らされた木々に積もった雪が降ってくるくらい。巧みに雪玉爆弾を避けながら軽快に下山する。
奥蓼科登山口に到着する。バス停はまだ誰もいない。先にザックを置いて、恐る恐る渋御殿湯へお邪魔してみる。とてもレトロな佇まい、剥製が所狭しと飾られていた。
お風呂も借りれるのだけど、ドライヤーはないので、浸かるくらいしか出来ない。
館内でバスのチケットと、待望のビールを買えた。館内で休憩は出来ない、ということで、軒先に流れる渋川の辺りに座って、おつまみで無事の下山に乾杯。トイレも直ぐ下の駐車場にあって安心して飲める。
谷間で風は少しあるものの、寒くてどうしようもない、と言うほどではなかった。
ひとしきり休んでいると、バスの時間に目掛けて下山してきた登山者たちが少しづつ集まってきた。
渋御殿湯の隣りに廃墟になった建屋の横の高台に社が見えていたので、そこを上がってみる。扁額が見当たらなく、何の神社なのかわからない。
後で調べてみると渋山権現神社とあり、それ以上は調べてもあまり情報が出てこない。
「奥蓼科は紀元前からの大自然がそのまま現存する。雨を多く含んだ苔は今の季節は特に青々として美しく生命力にあふれている。そして、渋山権現神社は三世紀の神功皇后により創建されたと言われる」とあった。
高台の上から、下山して来る登山者に手を振ったりして遊ぶ。
**下山メシと反省会。**
バスが来た。折り返しの出発時間まではまだあるのだけと、寒いので中でお待ちくださいと、暖かい車内で待たせてもらう。優しいアルピコバスだ。
茅野駅までは1時間も掛からない。バスの中で下山メシを探す。色々食べたかったので、居酒屋の庄や、にする。日曜日はお昼から営業していた。
今回の山行について色々話し合ったりしながら、あずさ号の時間まで、ぐびぐびと生ビールが消費されていく。
東京はこの週末20度越えを予報していて、都内に着くと暑い。日曜日の夜に帰って来て、次の日からもう仕事に出掛けないといけない。憂鬱だと思ったけど、そうでもなかった。
**最後に。**
登山はとても楽しい遊びだ。素晴らしい景色や大自然を間近に楽しめ、身体も心も健やかにしてくれる。
昨今、滑落や遭難のニュースを毎日のように目にする。そして、こんな素人でも、電車やバスや車で3000m近い山々、岩陵地帯や切り立った崖のある危険な場所へ、装備の不備を注意されることもなく、ガイドが居なくても、いとも簡単に、自由に行くことが出来てしまう。
特に雪山の登攀に道具を使う場合は、保険でも一段上にカテゴライズされるくらい、やっぱり危ない遊びなのを思い知らされる。何か遭った時、ただ1人の責任だけでなく、周囲にも多大な迷惑をかけてしまうことになる。
楽しくもあり、我にかえると、とても危険な遊びであることに気づく。
ほどほどに末長く「楽しい」で終われる山歩きでありたい。
何事も無く帰れて当たり前でなく、何事もなく帰れた事に感謝をしないといけないと思う山歩きでした。
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