Mt. Fairweather

- GPS
- 776:00
- 距離
- 34.9km
- 登り
- 2,881m
- 下り
- 2,882m
天候 | Fairweather |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2025年05月の天気図 |
アクセス | FlyDrake |
コース状況/ 危険箇所等 |
クレバス |
その他周辺情報 | Haines Brewery FlyDrake Port Chilkoot Distillery Haines River Camp |
写真
パイロットのドレイクの言動からは常にプロフェッショナリズムを感じる。ヘインズの人は皆、彼のことを"THE Guy"と呼ぶ。敢えて日本語訳するなら、「漢の中の漢」といったところだろうか。
装備
個人装備 |
一般的な山スキー装備
スリング60cm*2
スリング120cm
スリング180cm
プルージックコード*3
マイクロトラクション
タイブロック
プーリー
アイススクリュー18cm*2
ハーネス
捨て縄5m
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---|---|
共同装備 |
ガソリンストーブ(MSRドラゴンフライ+ホワイトガソリン)
ジェットボイル
テント(TNF Mountain shot2)
鍋
医療セット
スノーバー各自1本
ロープ30m各自1本
InReach mini2
衛星電話など
|
感想
入山前編
5/6
長い一日である。成田15:50発のZIPAIR 022便でバンクーバーへ。バンクーバーからシアトルまでレンタカーで行こうと試みるが、$700と言われあっけなく敗退。Amtrack使ってシアトルへ。アメリカ国境では目的、乗り継ぎ都市などを尋ねられたが問題なくパス。最近物騒なのでちょっとビビってた。シアトル空港からジュノー空港まではアラスカ航空。預け荷物x2で+$80。あひぃ。22時ごろジュノー着。夕方の明るさ。薄暗い道を歩いてホテルへ。ホーンテッドマンションのような見た目だったがふかふかベッドで快眠。
5/7
3度寝くらいして起床。バスでジュノー中心部へ。思っていた以上に立体的な街だった。博物館、ホームセンター、食品店などまわった。陸路が閉域にも関わらず車通りが激しい。大型旅客船もひっきりなしに港へ来る。宿は格安ホステルのJuneau Hostel。共同キッチン、ソファなど快適空間。ただし9:00〜17: 00は必ず外出しなければならないのが△。部屋でゴロゴロしたかった。
5/8
ギリギリまで寝てダッシュで外出。奥に続くトレイルや博物館アゲインなど各々時間をつぶす。午後は図書館へ。アラスカ先住民の写真集が面白い。『旅をする木』をまた読みたくなった。大きめの食料品店とホームセンターとアウトドアショップが合体した施設があるのでそこで買い出し。夜はピザパーティ&食糧パッキング。
5/9
ヘインズへ向かう。まずUberでAuke Bayへ。船の規模は青函船くらい。雑魚寝がないのは文化の違いだろうか。エアマット持ち込んだのに。船は全く揺れず、ゆっくりとフィヨルドを進む。奥に行くにつれ山はどんどん大きくなり、着雪標高も下がっていく。ヘインズに着くとまず電波がない。徳井がタクシーを呼び、とりあえずブッシュパイロットのもとへ。諸々あり、一旦モーテルに泊まることになった。夜はアメリカに来てはじめてビール飲んだ。やけに酔いが早かった。
5/10
朝7:30にメシ。10時にモーテル前の港でブッシュパイロットのDrakeとディスカッション。Drakeは地元ガイドLucusを連れてきた。「なぜFairweatherなのか」「氷河歩きの練習をしているのか」など色々言われたが60%くらいしか分からなかった。ちなみに徳井は帰国子女で大変心強い。ありがとう。最終的には「I work with you」と言ってくれたのが印象的だった。しかし天候不順によりしばらく飛べないとのこと。天気待ちの間、飛行機の格納庫にでも泊まれるものと踏んでいたが断られる。しかしLucusの伝手で手伝いをする代わりに無料で泊めてくれる人を紹介してもらえた。Rogerというキャンプ場をやっている人。BBQ、サウナ付き。なんともありがたい午後からは雲も上がって対岸の山がとても良い感じ。日高っぽいカール、定天っぽいシュートなど様々。「なんてこった」。夜にJonというラフティングガイドが訪れ一緒にサウナへ。冬にニセコで遊んでいたらしい。
5/11
暦の上ではアメリカに来て5日。体感では2週間ほどに感じる。午後から飛行機で氷河へ。「オマエら氷河のこと見たことすらないんだろ?」的な感じで言われるがままであった。初めてのセスナ、初めての雪上ランディングなどいろいろ楽しんだ。そして氷河。スケールがでかすぎる。雪が美味い。
5/12
朝からtrailに行った。7-miles saddleみたいな名前のトレイル。樹林限界より上は寒かった。戻ってからは謎の道具で草刈り。アメリカ人のパワーで成立する方法だと思った。夕方にLucusの奥さんLucyが食糧を届けてくれた。彼らはヘリスキーガイドで、シーズンオフに向けたお客さんに出す用の肉や調味料の在庫処分だそうだ。女神に見えた。次の日にRogerがジュノーへ戻るとのことで夜はBBQパーティ。Ketchyという26歳の探検部のような見た目の奴と友達になった。我々のように男だけで遊ぶことを「Gacation」と言っていた。
5/13
今日はRogerがジュノーに戻った。Drakeより氷河への出発は最速で次の月曜あたりだろうとのこと。
5/14
暇なのでJonの作業を手伝う。木材運んだり、雑木燃やしたり。人生最大規模の焚火をした。パスタもごっつぁんになった。午後はDrakeのところに顔を出し、色々相談した。日〜月くらいが良いとのこと。その次は木か金。金に別パーティがFairweatherに行くらしく、日曜日に行って満足したらそのまま乗せて帰れるとも言われた。
5/15
雨の一日だった。Jonを手伝って過ごした。
5/16
友達増えた。ヨシという名のエクストリームスキーヤーの友達らしい。Jonの友達のJohnという老クライマー。お高いカクテルを1杯奢ってもらった。Fairweatherの話など色々参考になった。
5/17
たぶん明日飛ぶ。大型の旅客船が来航し、街は大賑わい。ブルワリーで中国人に話しかけられたりする。
入山編
5/18
遂に飛んだ。ヘインズから1hくらい?Grand Plateau Glacier 3000mまで。我々以外誰もいない。BC設営後、高度順応を兼ねて2hくらい登って滑った。新雪楽しい。しまり雪の上に10 cmくらいの走る雪。たまらん。周囲のスケールが大きすぎて距離感がおかしくなる。すごいぞ氷河。明日も晴れ予報なので1発Peak At. 予定。
5/19
2:00AM起床。クソ寒い。晴れてるっぽい。1h30mくらいで準備してDepa。1h30mくらい歩いたところ、クレバスx2超えたところくらいでガスが来た。次から次へとガスが湧くし寒い。目指したコルも見えなくなったのでBCへと戻った。昼過ぎまで惰眠をむさぼると外はピーカン。これはミスったか。13: 00ごろにコル目指して出発した。コルに1泊するつもりの装備。4hくらいかけて最後の詰め直前まで。天気係からの天気予報によると明日はガス。やる気が失せ、登ってきた斜面を見ているとスキーがしたくなったのでBCへ戻った。天気が難しい。
5/20
朝からガス+小雪。正直ホッとした。もし晴れていたら…。9時くらいに起きてダラダラしてパスタ食った。水を吸って塊になってた。天気係によると22〜23日くらいにチャンスが来そうとのこと。オニオンスープ、ニンニク、ココアが美味。暇つぶし本を日本から持ってきた。膝舘と徳井はそれぞれヘミングウェイの『老人と海』とカフカの『変身』。ガスガスだが日中のテント内はアチアチ。ものが乾いて非常に快適。しかしヒマ。午後には『老人と海』読了。翌日も停滞予定。
5/21
停滞する気で目覚ましかけずに起きると外は快晴。朝8時。徳井を起こして相談した結果、コルまで行くことにした。朝飯はスキップ。前々日のトレースがばっちりのこっており快調なペースで最後の詰めまで。すべて計画通りである。200〜300mほどあがりコルへ。前々日にはありえないくらい大きく見えた壁があっという間に登れてしまった。高度順応とトレースに感謝。最後コルに乗りあがるところはブルーアイスだった。コルは4000mくらいなのでさすがに苦しかった。適当なところで斜面を切りブロック積んでテンバ入り。元気はあったがピークへの道は複雑に見えた。この日は尾西とソーセージ食って沈。徳井は見たいことないハイペースで尾西を食っていた。よほどBCの飯がまずいのだろう。夕方から夜にかけて風強まる。
5/22
6時起床。夜は自分の心臓の音やテントがはためく音などで快眠ではなかった。2泊分の飯と燃料を持参したので5/23まで粘ることも可能だったが、晴れ時々ガス、無風だったのでピークへいくことに。予報のガスはあまりあてにならない。足先がキンキンに冷えていたので日向ぼっこなどしつつ複雑なクレバス、シュルンド、ツボ足ラッセル、雪壁などバリエーション豊かな600mをただ登る。歩くだけで体が重たかった。場合によってはスキーで通すことも可能であろう。残り200mくらいのときにピークがガスりテンションだだ下がりするが、100mくらいで晴れた。元気は出たが歩くペースは上がらない。頭の中で歩数を数えながらゾンビのように歩き、ピークへ。周囲には何もなく、Fairweatherがこのあたりで一番大きい山であることを悟った。写真とったりしてわちゃわちゃ。空を飛ぶ飛行機がいつもより大きく見え、速く動くのが印象的だった。ピークをあとにして自分たちの足跡をたどる。降りでも遠い。よく歩いたものだ。ABCに戻るとカールはガス。一旦テントに入って休憩。疲労もあったので翌日朝焼けライド下山を目論む。提供していただいた極食やテントの撮影大会をした。テントでマッシュポテトを食べているうちに天気係から翌日の悪天予報が。朝焼けライドどころではなさそうなので降りることになった。テントを片付け、下降開始。ブルーアイスのところはまっすぐアックスの徳井は確保、クォークの膝舘はリードのクライムダウンで降りた。前日の強風でトレースが消えていたので一応アンザイレンしながらスキー。1、2個クレバス通過したあたりでロープ解除してスキー。カール上部はとても良い雪だったが中盤はパック雪で苦戦した(膝舘だけ)。夕焼けの中BCに戻りソーセージとニンニクで晩酌してしっかり酔う。よき一日だった。
「遠くからは大きく見える。近づけばそれほどじゃない。」
5/23
ナチュゲで休養日。パスタを美味く食べる方法を模索する。我々が持参したパスタはANNAという名前の極細スパゲッティ。ゆで時間の短さに惹かれて購入したが間違いであった。なぜこんなにモッタリネチョネチョしてしまうのか。徳井と本を交換した。カフカの『変身』。気味悪い話だった。翌日以降のIce fall帯の通過方法など議論したり写真見たりして過ごす。明日は強風+ガス予報。
5/24
日の出から昼にかけて〜10m/sくらいの風と雪。目覚めるとテントに付着した湿雪と風がテントをたたく音。たまらず停滞。何度か除雪に出る。テント外周のブロック外側には吹き溜まりができていてブロックの効果を感じた。しかし外が吹雪くとテントで粉雪が舞って不愉快。メッシュを抜けた小さな雪粒が入ってくるのだ。3シーズンテントで高緯度帯の氷河に来ている我々が悪いのは間違いない。昼前、ココアを飲み、クスクスを食べた。美味しい。昼過ぎに風が落ち着く。ヒマ。明日の予報も良くない。Dry Bayまでの下降に最低5日必要と考えたため、5/26, 27までを停滞リミットとし、それ以降はBCでピックアップ待ちとすることにした(仮)。夕方は比較的好天であったが夜から雪と風が強まる。
5/25
五感が目覚めると目に映るのはテントに付いた雪、耳に入るのはテントがはためく音。これはデジャヴか。7:00にDrakeへ天気報告して沈殿。9:00ごろ朝飯、クリーミーガーリックパスタ。美味。ところでいつ晴れますか?Drakeへの天気報告がよい暇つぶしになる。どうやらヤツらは風力の単位にmile/hourを使うらしくちょっと混乱させた。SI単位系でたのむよUSA。天気係の予報で明日が悪天の山場とのこと。焦ってブロック積んだりイグルー掘ったりした。Drakeに今すぐ来れないかと連絡するが拒否される。「現状に左右されて焦った判断をするな」「もう事態は悪化している」「アンプロフェッショナルだ」などまじめな説教をされて凹む。確かにリスペクトを欠いた頼みだったと思う。反省。ブロック積み中に低血糖で死ぬかと思った。行動食食べたらすぐ回復。人間すごい。
5/26
再びデジャヴのような朝。テントにはりついた雪、テントを叩く風。とりあえず無事夜を超えた。Dry Bayへの下降は断念し、ここでピックアップを待つことになった。Drakeと定時連絡しつつホゲホゲする。特にすることもなくたまに外に出て除雪したり体操したり。天気は悪い。夜ご飯をたべてから風が強まった。10〜15m/sくらい。テントがゆれて自分も揺れる。電車の中と思えば寝られるかと思うことにするがあまり眠れず。体の側面を吹き溜まりが圧迫して不快。1:00AMくらいで記憶が途切れる。
5/27
今日もデジャヴな朝かと思いきや無風&快晴。これは帰宅チャンスか。Drakeに連絡すると向こうも来る気らしい。急いでごはん食べて荷物もまとめるが一向に来ない。いわれるがままに衛星で電話すると雲が高くて無理だったとのこと。北東方向もばっちり晴れたら電話してとのことでした。良い時間つぶしであった。酒飲んで忘れることにする。あとから聞いた話だが雲を超えるために螺旋軌道で上昇し続けていたらしい。なんかカッケー。この山域は夕方晴れがちであり今日も例外ではなかった。山をバックに写真を撮って沈。明日は爆風予報。
5/28
爆風予報が冗談かと思えるほど静かな夜だった。明るいのですっきり眠ることはできないが。が、朝起きると轟音と右側からの圧迫感。テントを開けると50〜70cmくらい吹き溜まっていた。除雪してから朝食。テリヤキライス。焦げっぽいところがGood。湿雪なのでテントが濡れて不快。昼頃が風がピークを迎え、昼過ぎると雪風ともの弱くなった。17:00ごろに例のアレでちょっと明るくなった。今日は朝昼夕除雪に出た。Drakeは土曜の早朝に来れるかもと言っていた。明日もチャンスありそうだが。夕食のジャンバラヤ。辛いが美味。内臓がびっくりしておなかを壊す。
5/29
ほんのりあたたかさを感じる朝。外は曇り。胃はムカムカ。雲が晴れたら来てくれるらしい。あまり期待しないが。朝食前、悪天耐え抜きおめでとう乾杯。そして天気は悪化した。アラスカの大地は人間の心の隙を見逃さないようだ。そして昼頃、雪と風が勢いを増した。見慣れた光景だ。昼過ぎから雪が強烈に。2〜3回除雪へ。さらに夜中に大量降雪があり、夜明けごろまで続いた。右側の圧迫感を無視しながらなんとか眠りにつく。
5/30
7:30AM。青空と狭いテント。エネルギーチャージして除雪。我々のテンバは窪地になっていたようだ。徳井が「まるでかさぶたですね」といった。まさにその通りで我々は誰かがその気になればペロッと剥がされて飛んでいく存在なんだなと思った。天気はガスと日差しで安定しており、Drakeは来られなさそう。ひさびさにテント開けてのんびりポカポカ。夕食はタイ米と極食三昧。一番お腹いっぱいになった。明日は5:00AMに天気レポートを要求されている。久々の早起きだ。本当にピックアップは来るのか!?
5/31
寒い。ちょっと暗い。ちょっと待つとテントの左側に朝日が差す。青空。ヘインズの天気が悪いらしくDrakeはまだこない。7:00AMごろ、準備中とのメッセージ。これは期待。8:00AMごろ、ブーンという音と共にあの青い飛行機がやってきた。1hくらい飛んでヘインズへ。どんどん緑が濃くなり川が大きくなる様に見とれていたらついた。2週間ぶりのHainesは緑のにおいで充満していた。季節が動いていた。空港でJonに連絡すると迎えに来てくれるとこのこと。ありがたい。そしてJonのガレージで寝泊まりさせてもらえることになった。ガレージでモノ干してから街へ。ランドリーで洗濯、ピザ屋で爆食いなどして帰宅。ガレージの前で焚火してたらヘインズ在住の日本人ユウコさんに会った。明日また会うことに。ゲキ酔い。
下山後編
6/1
10:00AMごろ起床。膝舘のeSIMの調子が悪く未だに現代社会に戻れている感じがしない。コーヒー飲んだりマフィン食べてポヤポヤ。あたたかい。緑まぶしい。日本人のユウコさんの家にお邪魔した。Mad Bayにある立派な家。同じくMad Bayに新たな家を買って直しているところらしい。ちなみにMad Bayに住む人のことをMad Bayerというらしい。この地では猛者の代名詞なのだろう。家で夕食をごちそうになる。Jonと一緒に。Jon友達の和広すぎね。夕食後、家の裏のトレイルへ。2hくらい散歩。岬につながっていてすごくいいところだった。Johnにも会った。近日中にパーティしようとのこと。骨董クライミングギアを色々見た。
6/2
夜、Jonの計らいでご近所さんや友達を呼んで山行についてプレゼンすることになった。図書館でプロジェクターなど貸してもらった。ブルワリーにも顔を出し、各々とあいさつ。プレゼンにはJohnも来るはずだったが連絡の行き違いによりキャンセル。近所の人や散歩中の人を呼んで見てもらった。この人間関係の濃さ、近さが癖になりそう。
6/3
今日はHaines最終夜。Jonは朝からジュノーへ。我々はタイ系のベーカリーでハリバットのFish&Chipsを食べた。案外普通。おいしかったけど。徳井はトレイルに行ったが、膝舘は疲れたのでJonのキャビンでひと休みして近くのボルダーで遊んだ。「Jonの小部屋 左/右」。いずれも5〜6級程度。落ちれないが難しくない。ちょうどよいクラック。夜はステーキを食べた。
6/4
ちょっと早めに起きてパッキング。Todのチャリかりて街まで。ピザ屋でキノコピザを食す。ブルワリーでもあいさつして写真撮るなど。Tシャツも買った。Jonが戻った。モーターボートを持って帰って来ていた。そしてChilkoot Lakeでモーターボートに乗せてもらい、フィヨルドの最深部を楽しんだ。そしてフェリーターミナルへ。約1か月前にここへ来たときとは違って見える。Jonとさよならしてフェリーで揺られること5時間、相変わらず雨のジュノー着。翌日のフライトは7:00AMくらいなので空港2Fのラウンジでビバークした。非常に快適。我々以外にも4組ほど。3:00AMくらいから人が動き出すがどこから来たのだろう。
6/5
シアトルへ。OBの竹本さんが迎えにきてくれた。日系スーパーでカルフォルニアロールをごっつぁんになるが久々の(広義の)生肉で胃がもたれた。REIというアウトドアショップにも行った。キャンプ場はアメリカ領土内にあるが、アメリカ→カナダ→アメリカという道順を辿る必要があり、国境越え2セット。シャワー付きキャンプ場でBBQ。しこたま飲んだ。ごっつぁんです。
6/6
二日酔いの中、片付けして出発。カナダ国境はあっさり超え、バンクーバーへ。お土産ちょっと買った。フライトは10hくらい?日本着いてからは家系ラーメンへ。しみた。1か月ぶりの東京は蒸し暑かった。
完
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