記録ID: 5247372
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ハイキング
近畿
町石道は、180町石で終わりではなかった…
2023年03月07日(火) [日帰り]


体力度
2
日帰りが可能
- GPS
- 07:46
- 距離
- 12.9km
- 登り
- 390m
- 下り
- 393m
コースタイム
過去天気図(気象庁) | 2023年03月の天気図 |
---|---|
アクセス |
写真
根本大塔🙏
高野山内の建造物としても最大級の高さを誇る宝塔です。
嵯峨天皇から高野山を下賜された弘法大師・空海は816年、世界最初の本格的密教伽藍建立を決意されました。
しかし落雷や火災で5回に渡る焼失を余儀なくされ、今の根本大塔は1937年に再建されたものです。
高野山内の建造物としても最大級の高さを誇る宝塔です。
嵯峨天皇から高野山を下賜された弘法大師・空海は816年、世界最初の本格的密教伽藍建立を決意されました。
しかし落雷や火災で5回に渡る焼失を余儀なくされ、今の根本大塔は1937年に再建されたものです。
金剛界 町石一番石
根本大塔横にある1番石から、奥の院御廟までが、金剛界(37尊)になります。
奥に見える愛染堂は、後醍醐天皇により1334年に建立され 本尊は愛染明王で 当堂は災害に何度か遭い 現在の堂は1816年に再建された との事です。
根本大塔横にある1番石から、奥の院御廟までが、金剛界(37尊)になります。
奥に見える愛染堂は、後醍醐天皇により1334年に建立され 本尊は愛染明王で 当堂は災害に何度か遭い 現在の堂は1816年に再建された との事です。
金剛峯寺🙏
真言密教の総本山。
産経新聞より抜粋
高野山真言宗総本山金剛峯寺(こんごうぶじ)=和歌山県高野町=の第524世寺務検校執行法印(じむけんぎょうしぎょうほういん)に22日、町内の高野山真言宗の寺院「蓮華定院(れんげじょういん)」住職、添田隆昭(そえだ・りゅうしょう)大僧正(75)が就任した。任期は1年。3月7日に就任披露の転衣(てんね)式が行われる。
真言密教の総本山。
産経新聞より抜粋
高野山真言宗総本山金剛峯寺(こんごうぶじ)=和歌山県高野町=の第524世寺務検校執行法印(じむけんぎょうしぎょうほういん)に22日、町内の高野山真言宗の寺院「蓮華定院(れんげじょういん)」住職、添田隆昭(そえだ・りゅうしょう)大僧正(75)が就任した。任期は1年。3月7日に就任披露の転衣(てんね)式が行われる。
奥ノ院一の橋
奥の院へは、正式には一の橋から参拝します。
一の橋は、弘法大師御廟の浄域への入口に当たり、正式には「大渡橋」または「大橋」と言います。
参詣人をここまで弘法大師空海が送り迎えをするという伝承があり、お参りする人はここで礼拝して渡ります。
奥の院へは、正式には一の橋から参拝します。
一の橋は、弘法大師御廟の浄域への入口に当たり、正式には「大渡橋」または「大橋」と言います。
参詣人をここまで弘法大師空海が送り迎えをするという伝承があり、お参りする人はここで礼拝して渡ります。
汗かき地蔵🙏
常に人々の犯した罪に苦しみ、その苦しみを慈悲によって代わって受け、そのため汗を流しておられると言われています。
黒っぽい石材に地蔵尊が半肉彫りされていて、実際にツユが吹いて汗が流れるように見える時があるようです。
常に人々の犯した罪に苦しみ、その苦しみを慈悲によって代わって受け、そのため汗を流しておられると言われています。
黒っぽい石材に地蔵尊が半肉彫りされていて、実際にツユが吹いて汗が流れるように見える時があるようです。
町石三十五番石と三十六番石は、この辺りにありますよ。
金剛界の仏の数は、37尊。
ひとつ足りないのは
1,奥の院御廟を一つと数える説
2,高野山全体を一つと数える説
が、あるそうです。
なので、37番石は分かりませんでした。
金剛界の仏の数は、37尊。
ひとつ足りないのは
1,奥の院御廟を一つと数える説
2,高野山全体を一つと数える説
が、あるそうです。
なので、37番石は分かりませんでした。
虚空盡 衆生盡 涅槃盡 我願盡石碑(こくうつき しゅじょうつき ねはんつきなば わがねがいもつきん)
「この世の迷い苦しむ人びとが全て さとりを得 幸せになるまで この世に身を留めて 生きとし生けるものを 導き救っていく」という弘法大師の、お言葉🙏
「この世の迷い苦しむ人びとが全て さとりを得 幸せになるまで この世に身を留めて 生きとし生けるものを 導き救っていく」という弘法大師の、お言葉🙏
大峰口女人堂跡(五大尊堂跡)
ここには、五大尊堂があり、その脇に東口(大和口又は大峰口)の女人堂があった。
五大尊堂の本尊は、不動明王、大威徳、降三世、軍荼利、金剛夜叉で、明治時代の中頃までこの場所にあったと…
ここには、五大尊堂があり、その脇に東口(大和口又は大峰口)の女人堂があった。
五大尊堂の本尊は、不動明王、大威徳、降三世、軍荼利、金剛夜叉で、明治時代の中頃までこの場所にあったと…
円通律寺(眞別処)🙏
円通律寺(円通寺)は修行僧が修行を行うための道場であり、一般の参拝者は立ち入ることが許されないが、年に一度、お釈迦様の誕生日である旧暦4月8日に行われる、花祭り法要の日に限り、立ち入りが許されるそうです。
円通律寺(円通寺)は修行僧が修行を行うための道場であり、一般の参拝者は立ち入ることが許されないが、年に一度、お釈迦様の誕生日である旧暦4月8日に行われる、花祭り法要の日に限り、立ち入りが許されるそうです。
ろくろ峠
轆轤(ろくろ)峠は、熊野本宮大社から熊野参詣道小辺路を経て高野山を訪ねる参拝者が、初めて高野山の堂塔伽藍を目にした場所であり、その光景をよく見ようと「首をろくろ首のように伸ばした」ことに由来すると謂われています。
また、木地師が削り出す作業の時、轆轤を用いたから、この名がついたとも謂われています。
轆轤(ろくろ)峠は、熊野本宮大社から熊野参詣道小辺路を経て高野山を訪ねる参拝者が、初めて高野山の堂塔伽藍を目にした場所であり、その光景をよく見ようと「首をろくろ首のように伸ばした」ことに由来すると謂われています。
また、木地師が削り出す作業の時、轆轤を用いたから、この名がついたとも謂われています。
撮影機器:
感想
先月、高野七口「町石道」
歩いてきましたが…
山友さんから、町石は180で
終わりじゃないよ!と…😲
高野七口「町石道」
慈尊院から大門を経て壇上伽藍までの
道中に1町(約109m)おきにある
道標として配置されている道から
「町石道」と呼ばれ目印となる番号が
付された石碑を「町石」
別名「町石卒塔婆」
この町石は慈尊院から壇上伽藍までに
180基存在します。
しかし、よく調べたらこの町石は、
やはり180で終わりではなかった!
根本大塔を過ぎた辺りに「1町石」が
立っており、ここから奥の院の
御廟(ごびょう)までの80m間隔で
36の町石が立っています。
この180や36と言った数字は、
金剛界(37尊)と胎蔵界(180尊)に
存在する仏の数を表現したものだと
考えられています。
町石は全部で36基
一つ足りないのですが、
奥の院御廟を一つと数える説と、
高野山全体を一つと考えて
37とする説があるそうです。
つまり先月歩いたのは胎蔵界(180尊)
今回は、壇上伽藍から、
一の橋→中の橋→灯籠同(御廟)までの
金剛界(37尊) 町石探しと
女人道歩いてきました🤗
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