朝日連峰縦走


- GPS
- 49:53
- 距離
- 40.4km
- 登り
- 3,288m
- 下り
- 3,225m
コースタイム
7月25日:5:00出発-7:44狐穴小屋-8:18北寒江山-10:57龍門小屋-12:50西朝日岳-14:28金玉水-15:00大朝日小屋-15:29大朝日岳-15:50大朝日小屋
7月26日:4:10大朝日小屋出発-4:47銀明水-6:01小朝日岳-7:35鳥原山-8:01鳥原小屋-9:21金山沢-11:16朝日鉱泉
天候 | 晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2011年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
|
コース状況/ 危険箇所等 |
大鳥池・タキタロウ小屋までは厳しい登りはないが、睡眠不足でのオツボ峰への登りはかなりきつい。以東岳までは長く感じた。稜線に出れば大した登りはないが長い。 以東岳ー大朝日岳:寒江山を経て竜門小屋まで若干のアップダウンはあるが、竜門小屋から西朝日岳まではより大きなアップダウンで、結構体力を要する長い道のり。大朝日小屋まで、体調不十分な状態ではきつい。 大朝日小屋ー小朝日岳ー朝日鉱泉:この下山コースは結構上り下りがあり、時間と体力を要するが、途中に小屋がある分安心して下ることができる。鳥原小屋まで出れば、あと3時間、下る一方だ。 |
写真
感想
朝日連峰1)
先週の飯豊に続いて朝日連峰縦走を試みた。来週末は7月末で例年天候が不安定。しかし金峰・飯豊の疲れが残っていて問題もあった。ハードな山旅が続いたが今回夜行バスを採用することでもっと厳しい状況になった。夜行バスは睡眠不足になりがちなので、第一日目を短い行程にして、もう一日ゆとりあるスケジュールにすべきだったようだ。
鶴岡駅発大鳥行きバスの始発(7時40分)に間に合うように鶴岡着5時過ぎのバスに乗るためにインターネットで予約し、東京駅22時15分に間に合うように自宅を出発。行動食を一部100円ローソンで購入し、千代田線で二重橋前で降りて東京駅に向かう。丸の内口で新幹線改札近くの窓口で帰りの左沢ー東京の乗車券と新幹線自由席券を購入、また駅コンビニで行動食を買い足す。
バスは丸の内のオアゾ前から出るというがなかなかこない。停車を長くできないので直前にくるらしい。ビルの中のコーヒーショップまえの椅子でバス待ち。
バスには女子高校生やハイカーなど様々な客。深夜の高速を秋葉原・大宮と客を拾いながら山形を目指す。早朝5時過ぎ、鶴岡に到着したが、やはりよく眠れていない。ホテルの割引券で風呂に入り、豪華な朝食を食べて疲れを癒す。コンビニで行動食などを買い足して、7時40分、大鳥行きバスに乗る。テントを持ったハイカー一人は埼玉から。登山口でバスを乗り換え、そこには朝日屋旅館があり、若い高校生グループが乗ってきた。皆大荷物だ。
9時26分、泡滝ダムバス停で下車し準備体操。埼玉からの兄さんは先に出発。私は二番目だが、すぐ元気な高校生グループに追い抜かれた。10時44分冷水沢、11時15分、七つ滝沢つり橋、12時30分過ぎ、大鳥(タキタロウ)小屋に到着。寝不足と金峰・飯豊の疲労蓄積で、ここで泊まるべきだったか?
まだ昼過ぎなので昼食の後、先に進む。大鳥池はかなり大きい。地震などでせき止められた池らしい。下流に農業潅漑水を供給する取水口や小規模水力発電実験などが行われている。しばらく池のほとりを進み、オツボ峰と直登コースの分岐に出た。オツボコースに入り、いきなりの急坂。次第に足が痙攣してくる。どうも今回は体調十分でないようだ。一時間くらいの急登で視界が開け、三角峰を巻きながらオツボ峰を目指す。池がある辺りで縦走してきたハイカーとすれ違う。帰りがたいという気分で長い間池周辺に写真を撮ったりして休憩していた。私は厚くなったので池の水でクールスカーフとタオルを浸して、頭と首を冷やす。さらに進むと水場、15時近く、目指す以東岳方面が見えてきた。稜線を苦しみながら進むと16時前、オツボ峰到着。結局3時間以上かかってしまった。そこからが又長かった。以東岳を目指して高山植物を眺め、撮影しながら少しづつ進む。チングルマ、イワイチョウ、ハクサンシャクナゲ、ウツボグサ、ニッコウキスゲ、アザミなどが道端からお花畑などに咲いているが、花盛りとまではいえない。6月から7月はじめの開花期と8月の盛夏の間の時期かな?
以東岳まではいくつも小ピークを越えていかねばならない。いけどもいけども次のピークが見えてくる。結構つらい。大きな雪田もある。17時を過ぎてようやく以東岳山頂が見えてきた。最初の岩山の前山を越えて、次にピークがいよいよ最後の本当のピークらしい。17時12分、山頂の一角に遭難碑があった。その先に山頂の以東岳のプレートがあった。以東小屋は、5分ほど下ったところにある。受付を済ませ、水を取りにいく。水場は10分以上かなり下って雪渓と雪渓雪田の間にあった。6時近くに夕食を作り始める。小屋には埼玉の兄さんと小屋番の女性の知り合いの女性ハイカー、私を猛烈な勢いで追い抜いた小国のキリスト教系高校生グループの6人。雪渓で冷やしたスイカを高校生が運んできた。でかいスイカ、すごいパワーだ。ひとつ大きな切り身をご馳走に。皮はごみとして持ち帰り。東京駅のコンビに殻運んだビールの空き缶も持ち帰り。なかなか軽くならない。埼玉ハイカー氏は、今日の昇りは長くてきつく、以東岳になかなか到達せず疲れたという。私は足が痙攣し、足の裏もやや傷んでいる。皮が剥けたようだ。
お湯を沸かし、レトルト五目御飯に湯銭のレトルトビーフカレー、コーンスープなどで夕食を済ます。最後にスイカとコーヒー。暗くなり、シュラフに身をくるんだが、足が痛くなかなか眠れない。そのうち両足が痙攣しはじめ。上半身の痙攣まで始まった。たまらずおき出したら、小屋番の女性が漢方薬を持ってきた。芍薬・カンゾウエキスの入った飲み薬で夜中の足などの痙攣に利くという。
確かにこれを飲んだらすっかり治まった。すごい薬があるものだ(帰京してすぐ購入した)。
朝日連峰2)
昨日および前回飯豊とその前の金峰山の疲れが残っていたのか、あるいは夜行バスの疲れも加わってか、疲れが取れず、目が覚めたのは4時過ぎ、それでも他の人々も私が起きだしてから支度を始めた。サンドウィッチを食べ、ミルクコーヒーを飲んで5時過ぎに出発。それでも私が一番早かったーーあ、祝瓶からテントを背負ってきた若い登山客とほぼ一緒だった。彼のほうが少し出発が早かったか?外はガスがひどいために視界が利かず10m先も見えないし、風も出ている。夜の雨もあったので、スパッツと雨具のパンツで下半身を濡れないように対策を立てた。以東岳を登り返し、狐穴小屋方面に向かって下る。すぐハクサンイチゲが登山道付近に見られるようになる。これは竜門小屋まで続き、さらに大朝日付近でも見られた。植物相は飯豊のほうが豊かなようだ。朝日は若干種類が少ないように見えた。ハクサンイチゲ、マツムシソウ、ヨツバシオガマ、ウツボグサ、オオバギボウシ、ニッコウキスゲ、オトギリソウ(イワオトギリ)、アザミ、イワテトウキ、ヒナウスユキソウ、ヒナザクラなど
6時45分ころ、中先峰を通過、7時44分ころ狐穴小屋に到着。以東岳の標高は1772m、中先峰1523m、寒江山が1695mで若干下り基調のアップダウン。飯豊に比べてややアップダウンが多いかもしれない。
7時44分、狐穴小屋で水を補給した。小屋から天狗角力取山の道を分け、寒江山に向かう。8時18分、北寒江山(標高1658m)、9時前、寒江山(標高1695m)を通過。ここまで後から出発してきた埼玉兄さんや高校生にあっという間に抜かれた(中先峰より前)が、足の調子がよくないので、スピードが出ない。狐穴小屋から二時間以上歩いて11時少し前にやっと竜門小屋(竜門岳で1688m)に到着。小屋の前でラーメンを作り始めたが風が強く冷たい。と思ったら小屋のドアが開いて中にいた人が入るようにアドバイス。小屋番は草取りで外に出ているという。その人は日暮沢から小屋まで来て、デポしていた荷物を受け取って帰るところだった。助言に従い、中に入ってラーメンを作る。このラーメンと初日に半分残したコンビニ弁当を食べて、大朝日までの残り3時間のアップダウンに備えた。ここから西朝日岳までは小屋番が草取りをしているようで、登山道脇に刈った植物が多数落ちていた。中にはハクサンイチゲやミヤマリンドウその他の高山植物も結構切られて、やや痛ましかったがやむを得ないのだろう。もったいないので、押し花にデモするつもりでハクサンイチゲなどの花を拾い集めた。西朝日岳(標高1814m)まで結構きつかった。いくつものピークを越えて、通常一時間半のコースのようだが、11時から二時間近くかかり、12時50分到着。ここからは小さなアップダウンを繰り返しながら一時間くらいで中岳(1812m)を通過し、14時28分、金玉水に到着し、大朝日小屋も見えてきた。金玉水で夕食および明日朝用に水を補給し、またヒナザクラなどを撮影してゆっくり小屋に向かった。
15時過ぎに小屋に入り、小屋番の方に大朝日に先に向かう旨を伝え、荷を置いて水などを持ってでかけた。山頂まで15分くらい。ミヤマリンドウなどを撮影しながら15時29分、山頂につくと一組のご夫婦が山頂からの風景を撮影したり花を見たりしていた。奥様と花の名前など話をして下山、小屋に入る。小屋で二階に上がると埼玉ハイカー氏が隣だった。すでに夕食を済ませていた。小国高校生は奥のスペースで夕食を散っていた。当方は最後のレトルトご飯で、缶詰をつまみにしてブラックニッカを飲む。食事を済ませ、まだ明るいので、埼玉氏と小国高校生を含めて四方山話。
まず高校生たちのパワーの秘密をたずねる。彼らは全寮制のキリスト教系の高校で共学(寮は別)
だそうだ。基督教独立学園高等学校という内村鑑三の影響を受けた鈴木弼美が設立した学校。いろいろ面白い話を聞いた。元気な高校生に乾杯!飯豊や朝日連峰について一番歩いている学生と話をした。信仰登山や土地境界問題などについては知らなかったようだ。実は飯豊は明治時代、まだ信仰登山の色濃く残っていた時代、町村合併で福島側で飯豊信仰の中核になった村の中で新潟帰属を主張する村との争いがあった。飯豊信仰登山の中核を担ってきた一の木集落がその信仰登山の歴史を主張し、飯豊本山から御西小屋まで、稜線沿いの登山道だけが福島側の領地になっている。さすがにそんな歴史に関しては小国の高校生は知らなかった。
この高校は全寮制で一学年30−40人と少数、労働を尊び、畜産、園芸農業などの専攻がある。トマト、ナス、きゅうり、トウモロコシ、スイカなど家でも多くの野菜を育てているという話になった。
朝日連峰(3)
今朝は昨夜と違い、3時過ぎに目が覚めた。他のグループも起き始めた人がいる。急いで着替えて朝ごはんのサンドウィッチとクロワッサンをつまむ。東京駅で買ったミルクコーヒーで流し込み、トイレを済ませ、荷造りをして外に出た。外はやや雲があるものの晴れている。4時過ぎ出発。隣で寝ていたダウン兄さんも4時前に起きだして出発準備。「早いですね、一番スタートだね」と兄さん、兄さんはこれから祝瓶に向かう長丁場。早くて損することはないですよと答えると兄さんもすぐ出発準備。体操して出発。4時少し過ぎ。最初に越える小朝日岳は遥かかなたに見える。しかし早朝なので気力充実。後ろには誰もいない。完全な一人旅だ。下ると鞍部に銀名水の道しるべが見える。4時47分、振り返ると大朝日に日の出の光が当たって赤っぽくはっきり見えるので、数枚撮影。銀名水まで30分もかかった。それから前山を越えて小朝日との鞍部を目指す。太陽がいよいよ山の後ろから昇ってきて本格的な夜明けだ。日の出の写真を何枚も撮る。黄色い花が数種、朝日を浴びてきれいだ。頭上でなにやら音がするので見上げると、なんとホシガラスがハイマツの実をくわえておおきな枝の上にいる。ハイマツを日本の高山の稜線に分布させるにいたった「功労者?」だ。始めて間近でみることができた。しばらく枝の上にいたがカメラを出そうとしたら飛んでいった。さらにその先の樹上におそらく「ウソ」を見つけた。今日は鳥が目立つ。
小朝日へののぼりが始まり、最初ののぼりの終点で古寺鉱泉・日暮沢方面への分岐があった。さらに厳しいのぼりを経て6時過ぎ、小朝日岳に到着。銀名水から1時間以上もかかり、予定より30分もかかってしまった。足の状態を気にしながらゆっくり登ってしまったようだ。
まあ、今日は時間的には余裕があるはず。あわてることはない。小朝日山頂では先ほど分岐した古寺鉱泉・日暮沢への道に合流する道が分岐。こちらは鳥原山方面に下る。急な岩場の道を下ってゆくと、30分ほどで湿原地帯に入る。池塘にはカヤツリグサの仲間と思われる白い小さな花をつけた植物があったがワタスゲではないみたい。また普通の道を下り、時々振り返っては大朝日方面の撮影。7時過ぎに再び湿原。石段が出てきた。小屋が近づいた証拠だろう。7時35分ころその先に鳥原山の展望台があった。その先に鳥原山の山頂があるが何も見えない。ここまで数組のハイカーとすれ違った。早朝に朝日鉱泉から昇ってきた人々だ。なかには疲れきった様子の人も。あと五百mで小屋のはずだが、なかなかたどり着かない。暑くなってきたので、
クールスカーフをぬらして首に巻き、クールタオルを頭にかぶる。湿原に出る。ミズバショウの花はすでに終わり。高層湿原のようだ。木道が出てくる。キンコウカ・イワイチョウ以外の花はあまり見られない。木道に白滝への分岐の道標。その少し先に朝日鉱泉への分岐。先に鳥原小屋を見に行く。鳥原山へののぼりですれ違った小屋番の男性は上の小屋にお茶を飲みに行くところだった。自由に休憩してください、といっていた。水は小屋の手前の小川が冷たくてよいといわれたが通り過ぎてしまった。トイレ前の蛇口の水も引いた水で生水を飲むなと書いているが、実際は大丈夫と小屋番。そこで水を補給して8時過ぎ、朝日鉱泉に向けて出発。一時間くらい下って9時前、小沢を通過。水を救って顔を洗う。スカーフが熱くなったので、水に再度ぬらす。なにやらランのような花が咲いていた。
9時21分、金山沢という大きな川を横切る。ここが地図にある水場。ここから朝日鉱泉まで1時間半と出ていた。時間的には丁度鳥原小屋から半分のところ。しかしここから登りが始まり、アップダウンが結構出てきた。最後のくだりののぼりはきつく感じる。昨日から足の皮がむけて痛い。ぐっとピッチが落ちた。30分くらいのアップダウンで9時45分ころ親子が休憩していたのが、鳥原3.5km、鉱泉2.5km、標高993mの道標。標高がなかなか下がらない。標高1400mの鳥原山からまだ400mしか下っていない。これから又400m以上下らねばならない。しばらくアップダウンのある長い長い道を40分以上歩き、標高800mの標識。まだ100m資格だっていない!次第にうんざりしてくるがここは忍の一字。さらに進むと最後に急降下の地点にやってきた。これを下りきってなんとか11時過ぎに下の登山口に到着。とうとう下りきった。予定より30分から一時間オーバーだが仕方ない。
鉱泉までの500mも長く感じる。足が痛い。つり橋に出る。鉱泉が対岸の斜面に見える。さびた落ちそうな怖いつり橋を渡り、250歩階段を上がると朝日鉱泉。よい感じの旅館だ。入口から玄関を開け、声をかけると若い息子さんが出てきた。お風呂と食事、バス券をお願いし、お風呂を沸かす間、着替えの準備、ぬれた衣服やタオル、帽子を外に干す。風呂を沸かす間、ベランダのいすに座って、ガスの合間に見える大朝日を眺めて休む。風呂は沸かし湯だがぬるくて休まる。鉄分やカルシウムが多いようだ。体を洗って、特に皮の向けた足先をよく洗う。全身の汚れを落とし、ヌル湯にゆっくりつかる。足をマッサージし、二度ほどゆっくりつかる。風呂に入ってから山菜ざるそばを食べる。山菜はここで採れたゼンマイ、ウド、マガリタケだ。春にとったものを漬物風に保存していたもの。おいしい。ビールを二本飲み干した。飯豊・朝日の写真集などを見た。10月はじめの紅葉もよさそう。秋にも来てみたい。
食後、二回で昼寝。疲れが取れる。雨が急に降ってきたので急いで下に下りて干していた服などを取り込む。二時過ぎるとどうやら新たな客が到着。二階に数組上がってきた。乗り合いタクシーが到着したと告げられる。荷造りをしてタクシーに乗り込む。普通のタクシーだと1万数千円取られるが、ここでは2500円。食事、風呂、ビール、バス券合わせて5千円なら高くはない。
山形弁のタクシー運転手と四方山話。朝日鉱泉・古寺鉱泉の奥深さを痛感、特に朝日は冬完全に雪に閉ざされるので、11月には閉めてしまう。古寺鉱泉は冬でもやっているらしい。古寺鉱泉への分岐の少し手前(駅側)にスキー場のある朝日自然観がある。冬でも仕事のない土木業者が雪かきの仕事をしてきれいに雪を除去する技術がすごいらしい。街中では見ることのできない手際らしい。駅に近づくとりんご、さくらんぼ、なしその他の果樹園、山形から大江町の間は鉄道、道路がフルーツライン。天皇に供出するりんごを栽培するリンゴ園があった。このタクシーにはさくらんぼの絵が描いてある。果物の町なのだ。
左沢駅に到着し、電車を待つ間、駅に付属した大江町交流センターの資料館(秋祭りの囃子屋台や獅子舞の道具の現物が展示されている)やみやげ物コーナーを見る。おみやげに珍しい山形のぶな林で取れる「かのか茸」の水煮缶tおマガリタケの水煮缶を買った。フルーツラインで山形駅に出て新幹線で帰宅した。
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する