大和葛城山に登った後、ダブルヘッダーで二上山を目指します。道の駅ふたかみパーク當麻に来ました。
0
5/2 11:20
大和葛城山に登った後、ダブルヘッダーで二上山を目指します。道の駅ふたかみパーク當麻に来ました。
先ずはお昼です。軽めに力そばを頂きました。
0
5/2 11:30
先ずはお昼です。軽めに力そばを頂きました。
二上山は名前のとおりピークが2つ(雄岳・雌岳)ありますが、先ずは雄岳(高い方)を目指します。
0
5/2 11:56
二上山は名前のとおりピークが2つ(雄岳・雌岳)ありますが、先ずは雄岳(高い方)を目指します。
いきなりとんでもない階段です。ルート選択を間違えたか…!?
0
5/2 11:59
いきなりとんでもない階段です。ルート選択を間違えたか…!?
ようやく階段を登り終えました。この日は2座目で既に脚が疲れているのに、更に脚力を消耗してしまいました。
0
5/2 12:07
ようやく階段を登り終えました。この日は2座目で既に脚が疲れているのに、更に脚力を消耗してしまいました。
ヤマツツジでしょうか?今の時期は様々な色・種類のツツジが咲いています。
0
5/2 12:16
ヤマツツジでしょうか?今の時期は様々な色・種類のツツジが咲いています。
登山道は急登の上に荒れ気味です。もっと観光地っぽい山を想像していましたが…。
0
5/2 12:30
登山道は急登の上に荒れ気味です。もっと観光地っぽい山を想像していましたが…。
ここを直進すると山頂から遠ざかってしまいます。右上の小さな方向標識が目印です。
0
5/2 12:45
ここを直進すると山頂から遠ざかってしまいます。右上の小さな方向標識が目印です。
「大津皇子の墓」というのが雄岳の山頂方面です。こんな小さな標識、よほど注意していないと気付けません。
0
5/2 12:45
「大津皇子の墓」というのが雄岳の山頂方面です。こんな小さな標識、よほど注意していないと気付けません。
再び分岐がありました。ここも右側が山頂へのルートです。
0
5/2 12:48
再び分岐がありました。ここも右側が山頂へのルートです。
急坂を登り切ると立派な御陵がありました。大津皇子のお墓とされています。
0
5/2 13:06
急坂を登り切ると立派な御陵がありました。大津皇子のお墓とされています。
「大津皇子二上山墓」とあります。この場所に大津皇子の副葬品が埋葬されているかどうかはわかりません。
0
5/2 13:09
「大津皇子二上山墓」とあります。この場所に大津皇子の副葬品が埋葬されているかどうかはわかりません。
悲劇の人物である大津皇子に関する説明書きは一切ありません。まあ、宮内庁の立場だと書きにくいでしょうね…。
0
5/2 13:05
悲劇の人物である大津皇子に関する説明書きは一切ありません。まあ、宮内庁の立場だと書きにくいでしょうね…。
山頂に向かって少し歩くと「妙経陀羅尼品第二十六」という経塚がありました。葛城山域には法華経を埋納した28の経塚があり、ここは26番目だそうです。
0
5/2 13:11
山頂に向かって少し歩くと「妙経陀羅尼品第二十六」という経塚がありました。葛城山域には法華経を埋納した28の経塚があり、ここは26番目だそうです。
その先には二上神社がありました。二上山大権現が祀られています。
0
5/2 13:12
その先には二上神社がありました。二上山大権現が祀られています。
こちらは二上白玉稲荷大神の石碑です。白玉あんみつが食べたくなって来ました。
0
5/2 13:13
こちらは二上白玉稲荷大神の石碑です。白玉あんみつが食べたくなって来ました。
二上山 雄岳(517m)の山頂に到着しました。二上山は(にじょうざん)と読みます。
0
5/2 13:15
二上山 雄岳(517m)の山頂に到着しました。二上山は(にじょうざん)と読みます。
山頂は展望も休憩場所もなく、地味な佇まいです。なお、二上山の山頂には、楠木正成が建てた二上城の本丸があったとされますが、全く遺構は残っていません。雌岳に向かいます。
0
5/2 13:15
山頂は展望も休憩場所もなく、地味な佇まいです。なお、二上山の山頂には、楠木正成が建てた二上城の本丸があったとされますが、全く遺構は残っていません。雌岳に向かいます。
雌岳に向かう途中の鞍部にトイレがありました。この辺りから整備された公園という感じになってきます。
0
5/2 13:27
雌岳に向かう途中の鞍部にトイレがありました。この辺りから整備された公園という感じになってきます。
雌岳(474m)の山頂に到着しました。こちらの方が標識が立派です。
1
5/2 13:33
雌岳(474m)の山頂に到着しました。こちらの方が標識が立派です。
雌岳の山頂は広く、大勢の登山者が休憩していました。
0
5/2 13:33
雌岳の山頂は広く、大勢の登山者が休憩していました。
山頂は広いものの、樹木に囲まれているので、そこまで眺望は良くありません。
0
5/2 13:35
山頂は広いものの、樹木に囲まれているので、そこまで眺望は良くありません。
ヤエヤマブキが咲いていました。なかなか鮮やかな色です。
0
5/2 13:34
ヤエヤマブキが咲いていました。なかなか鮮やかな色です。
方位に対応した十二支が刻まれたベンチがありました。(子なら北、卯なら東)少し休憩したら下山することにします。
0
5/2 13:33
方位に対応した十二支が刻まれたベンチがありました。(子なら北、卯なら東)少し休憩したら下山することにします。
分かりづらい分岐ですが、左奥が道の駅に戻るルートです。
0
5/2 13:56
分かりづらい分岐ですが、左奥が道の駅に戻るルートです。
祐泉寺に出ました。988年に開創された天台宗の寺院です。
0
5/2 14:10
祐泉寺に出ました。988年に開創された天台宗の寺院です。
道端にシャガが咲いていました。アヤメ科の植物です。
0
5/2 14:14
道端にシャガが咲いていました。アヤメ科の植物です。
タンポポに似ていますが、ブタナ(タンポポモドキ)でした。
0
5/2 14:20
タンポポに似ていますが、ブタナ(タンポポモドキ)でした。
鳥谷口古墳に来ました。この古墳の発見は1983年と比較的新しく、副葬品がないことから誰の墓かは判明していません。他の出土品から7世紀末のものと推測されています。
0
5/2 14:20
鳥谷口古墳に来ました。この古墳の発見は1983年と比較的新しく、副葬品がないことから誰の墓かは判明していません。他の出土品から7世紀末のものと推測されています。
この古墳は大津皇子の墓という説が有力です。大津皇子が葬られたのは、二上山の山頂ではなく當麻山口神社の近くであるこの場所だというものです。
0
5/2 14:22
この古墳は大津皇子の墓という説が有力です。大津皇子が葬られたのは、二上山の山頂ではなく當麻山口神社の近くであるこの場所だというものです。
また、当初はここに葬られた後、無念の死を遂げた大津皇子の祟りを鎮めるために山頂に遷して再葬したという説もありますが、何とも言えないところです。
0
5/2 14:33
また、当初はここに葬られた後、無念の死を遂げた大津皇子の祟りを鎮めるために山頂に遷して再葬したという説もありますが、何とも言えないところです。
道の駅に戻って来ました。この後は付近を観光します。
0
5/2 14:49
道の駅に戻って来ました。この後は付近を観光します。
車で移動して當麻寺(たいまでら)に来ました。創建は612年とされ、1400年を超える歴史を誇る大きな寺院です。
0
5/2 16:05
車で移動して當麻寺(たいまでら)に来ました。創建は612年とされ、1400年を超える歴史を誇る大きな寺院です。
国宝である當麻寺の本堂です。當麻寺は無料で入れますが、各建物に入るのに都度拝観料が必要となります。
0
5/2 15:46
国宝である當麻寺の本堂です。當麻寺は無料で入れますが、各建物に入るのに都度拝観料が必要となります。
やや分かりにくい場所にある東塔。内部には入れません。
0
5/2 15:56
やや分かりにくい場所にある東塔。内部には入れません。
こちらは西塔です。東西2つの塔が残っている寺院は珍しいそうです。
0
5/2 15:44
こちらは西塔です。東西2つの塔が残っている寺院は珍しいそうです。
奥の院にも寄ってみます。こちらは入場の時点で拝観料500円が必要です。
0
5/2 15:32
奥の院にも寄ってみます。こちらは入場の時点で拝観料500円が必要です。
重要文化財である奥の院の本堂を見学します。
0
5/2 15:22
重要文化財である奥の院の本堂を見学します。
5月6日まで特別公開中でした。中は撮影禁止でしたが、法然上人や中将姫の像が見られました。
0
5/2 15:30
5月6日まで特別公開中でした。中は撮影禁止でしたが、法然上人や中将姫の像が見られました。
駐車場に戻る途中で、万葉集に寄せられた大伯皇女の歌碑がありました。弟の死を偲んだ内容ですが、この「弟」とは大津皇子のことです。(大伯皇女は大津皇子の同母姉)
0
5/2 16:21
駐車場に戻る途中で、万葉集に寄せられた大伯皇女の歌碑がありました。弟の死を偲んだ内容ですが、この「弟」とは大津皇子のことです。(大伯皇女は大津皇子の同母姉)
こちらの案内板には大津皇子が謀反の疑いをかけられて殺されたことが書かれています。
0
5/2 16:21
こちらの案内板には大津皇子が謀反の疑いをかけられて殺されたことが書かれています。
再び車で移動して屯鶴峯(どんづるぼう)に来ました。凝灰石が露出し、奇岩群が見れる観光地です。
0
5/2 16:44
再び車で移動して屯鶴峯(どんづるぼう)に来ました。凝灰石が露出し、奇岩群が見れる観光地です。
展望スポットは2箇所あり、片道5〜10分ほどの距離です。もう17時近いですが、10人以上の観光客が奇岩を眺めていました。
0
5/2 16:48
展望スポットは2箇所あり、片道5〜10分ほどの距離です。もう17時近いですが、10人以上の観光客が奇岩を眺めていました。
この凝灰石は1500万年前の二上山の火山活動によってできたそうです。昔は二上山が火山だったというのも驚きです。
0
5/2 16:49
この凝灰石は1500万年前の二上山の火山活動によってできたそうです。昔は二上山が火山だったというのも驚きです。
せっかくなので屯鶴峯のピークまで歩いてみます。
0
5/2 16:57
せっかくなので屯鶴峯のピークまで歩いてみます。
山頂までの道は割とガチ目な山道です。テープやペンキで方向を確認しながら進む必要があります。
0
5/2 17:01
山頂までの道は割とガチ目な山道です。テープやペンキで方向を確認しながら進む必要があります。
屯鶴峯(東峰)のピークに到着しました。山頂には鉄塔が建っており、味気ない感じです。展望もさほどではないので、周回して西峰に足を伸ばすことにします。
0
5/2 17:04
屯鶴峯(東峰)のピークに到着しました。山頂には鉄塔が建っており、味気ない感じです。展望もさほどではないので、周回して西峰に足を伸ばすことにします。
西峰の手前には西壕があります。太平洋戦争中に掘られた大規模な地下壕で、陸軍が戦闘指令所として建設したものです。
0
5/2 17:13
西峰の手前には西壕があります。太平洋戦争中に掘られた大規模な地下壕で、陸軍が戦闘指令所として建設したものです。
地下壕には東壕と西壕があり、総延長距離は2kmに達するそうです。なお、東壕は京都大学が地殻変動の観測所として使用しているので、近付くことはできません。
0
5/2 17:13
地下壕には東壕と西壕があり、総延長距離は2kmに達するそうです。なお、東壕は京都大学が地殻変動の観測所として使用しているので、近付くことはできません。
西峰に到着しましたが、驚くような景色ではありませんでした。周回すると1時間近くかかるので、観光より登山のつもりで歩いた方が良いです。
0
5/2 17:22
西峰に到着しましたが、驚くような景色ではありませんでした。周回すると1時間近くかかるので、観光より登山のつもりで歩いた方が良いです。
下山後は橿原ぽかぽか温泉で汗を流しました。屯鶴峯を含めると1日に3山登ったことのなるので、かなりヘロヘロになりました。
1
5/2 18:12
下山後は橿原ぽかぽか温泉で汗を流しました。屯鶴峯を含めると1日に3山登ったことのなるので、かなりヘロヘロになりました。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する